第4章 蓋
春の目の下のクマも気になったが、それよりも一瞬だけ唇を噛み締めていたあの表情が引っかかった。
「まてよ春!」
スタスタと歩いて行く春の肩を掴んで呼び止める。
「…あれ。由希どうしたの?俺と離れるの、そんなに寂しか」
「ち・が・う!!!」
いつもと変わらない戯けた態度に少しだけホッとする。
「春…昨日、なにがあったんだ…?」
「電話で全部、話さなかったっけ?」
「…違う。春のことだよ。春自身になにがあったんだって聞いてるんだ」
春は、うーん。と空を見上げてポケットに両手をいれた。
その視線を今度は地面に向けると自嘲してから話し始める。
「俺、多分分かってた。…ひまりが慊人の不興…買ったこと」
「…どういうことだ?」
困惑したように聞く俺の顔は見ずに、その視線はずっと下を向いたままだった。
「昨日、昼前にひまりが服返しに俺んとこに来た。本家に用事?って聞いても誤魔化されて逃げるように出て行くし…嫌な予感、した。多分慊人ンとこかも。って」
春は眉を顰めて唇を噛んだあと話を続けた。
「本家の中グルグル探し回って、慊人の部屋の近くを通るとき…慊人の怒鳴り声、聞こえたんだ。何言ってるかはわかんなかったけど。咄嗟に中に入ろうと思った。けど…それ以降なんの声も聞こえないのを良いことに、慊人の部屋から…遠ざかったんだ」
その場でしゃがみ込むと項垂れるように首を前に落とす。
「…中に居るのはひまりじゃない。って思いたくてまた本家の中、探しまくった。…怖かったんだ。もし中に居るのが本当にひまりだったら…助けに入ったら…俺のひまりへの感情が慊人にバレたら…確実に"俺のせい"でひまりが傷つけられる…逃げたんだ。俺」
「…本気なのか?ひまりのこと」
慊人はなぜか"女"を毛嫌いしている節がある。
春が本当にひまりに特別な感情を抱いているなら…それが慊人に知られたら、その不興を買うのは確実にひまりだろう。
春の"恐怖感"は手に取るように分かった。
「うん。本気だよ。好きだよひまりのこと」
俺を見上げて躊躇なく春は答えた。
心の中に鉛を落とされたように
心臓がズンと重くなるような感覚に襲われた。