第4章 蓋
夾は電話を奪いとりたい衝動を必死に抑えているようだった。
『俺も…詳しくは知らない。右腕血塗れにしてるひまり見て、ブチ切れて、慊人…ボコボコにしようとしたけど、止められた。何もするな。知らないふりをしてくれ。の一点張り』
血塗れ…の部分で由希は戸惑い、その表情はひどく沈んでいった。
「とりあえず……春が…手を出さなくて良かったよ…」
頭を抱えて眉間にシワを寄せると、やっと絞り出した声でそう言った。
そのまま潑春が怒りに任せて慊人の所へ行けば、ひまりは更なる不興を買っていただろう。よく思いとどまってくれた…と心の中で思う。
『ひまりは自分が反抗したからだ。とも言ってた。これについても…俺は何のことだかサッパリ。その後発作みたいなの起こして、意識失ったから…これ以上は分からない』
ブラックが降臨していたらしい潑春の声音は、電話口で聞く限り落ち着いているようだった。
発作…また…
何があったんだ。本当に…
「それで…今ひまりは…?」
『ベッドで気持ちよさそうに…スヤスヤ寝てる。……由希…、夾にも言ってて欲しい…。俺から聞いた事、情報共有として…伝えたけど、ひまりには、今は…知らないフリして。必死だったから…』
「……わかった。ひまり…起きそうにない?出来れば迎えに…」
不本意だが了承した後、言いかけたところでずっと苛立ちを露わにしていた夾に受話器を奪い取られた。
「おい春!!どういうことか説明しろ!!」
『あー。夾だ…。俺と由希の愛の語らいの…』
「うるせーよ。ふざけたこと言ってっと殺すぞ。クソネズミに話した内容、俺にも全部話せ」
怒りで受話器にヒビが入りそうなほど握りしめている夾に、由希は心の中で、バカ猫が。と悪態をつくと、ずっとことの成り行きを聞いていた紫呉の所へ行く。
「紫呉…お前、知ってたのか?」
「何をですか?」
鋭い眼差しと低い声で問うが、紫呉は表情も体勢も変えることなく目線だけを由希に向ける。
「ひまりが慊人の所に行ったことだよ」
「ええ。知ってましたよ。呼び出しの電話を取ったのは僕だからね」
それが何か?とでも言いたそうな紫呉の顔に、由希は腹の底が煮え繰り返りそうな感覚を覚えた。