第4章 蓋
慊人の部屋を出て、まだおぼつかない足取りでふらふらと歩く。
歩くその振動が腕の傷に響いて顔を顰める。
外を見ると、すっかり日は西に傾き雲ひとつない空をオレンジ色に染めていた。
どうしよう。このままじゃ帰れない。
既に血は止まっているが、垂れていた血の跡がそのまま残っている上に、服にも血がついている。
はとりの所でこの腕を何とかしてもらって…
服も…着替えなきゃ…
歩みを進めながら考えるが、上手く頭が回らない。
何かを考えようとすれば慊人に言われた言葉ばかりが浮かんでくる。
すると解放されたはずの心臓の痛みと息苦しさがまた襲ってくる。
…ダメだ。
今ははとりの処に行くことだけを考えよう。
靄がかかったように視界がぼやけて眉間にシワを寄せて立ち止まる。
気持ち悪い……
目を閉じ、額に手を当て深呼吸をした。
早く…はとりの所に行かないと。
今の身なりと思考回路では、誰かに会ってしまっても誤魔化しようがない。
早く…動け…
更に重たく感じる体を動かし、一歩踏み出した途端に視界がぐにゃりと歪んだ。
あー…倒れる。
重力に従って崩れ落ちていく体が、床に叩きつけられることはなかった。
「やっぱり。慊人の所だった」
「は……る…」
片腕だけで抱きとめられ、これは変身しないんだ…とお門違いな事が頭に浮かんだ。
でもどうしてココに春がいるんだろう。
本家に着いた時には確か部屋でゲームしてたはず…
「お前の様子が変だから探してた。慊人がやったんだよなぁ?それ」
いつもの春と違う口調、低い声にまさかと思い見上げる。
ブラックが降臨してる…。
私の腕を見ている春の目は、こちらに向けられた怒りではないと分かっていても、背筋がゾッとする程鋭く殺気を帯びていた。
「ち…がう。ちがう、よ春」
貴方が怒ることじゃない。
いらぬ反感を買わなくていい。
「あ?何がちげぇんだよ。やられたんだろーがアイツに!ぶっ殺してやる…」
ほんとに?
春の為に止めてるの?
「やめて!!!!」
怒りで拳を震わせて、眉間のシワを濃く深く刻む春の腕を握る
そして悲鳴にも似た声で叫ぶと、春は鋭い視線のまま私を見ていた。