第1章 宴の始まり
緊張で握りしめていた掌が汗ばんでるのが分かる。
出て行ってから5年ぶりに会う草摩の当主。
お母さんが慊人さんと話をつけたから大丈夫よと言っていたが、実際出て行くことが決まってからは会っていなかった。
いや、会えなかった。
行く前に会わせて欲しいと頼んだが、慊人さんは調子が悪いみたいだから。と無理矢理連れて行かれたことを思い出す。
だから本当に5年ぶり。
緊張、不安、恐怖、……期待
色々な感情が混ざって心臓が飛び出しそうだ。
フゥゥゥと落ち着かせる様に胸に手を当てて長く息を吐き出した。
「慊人…入るね…?」
震える手に力を込めてドアを開けた。
机に突っ伏している慊人が身体を起こし優しく微笑んだ。
そしてこちらに手を伸ばしゆっくりと近づいて来る。
微笑みに少しだけホッとした。
「…ひまり?本当に…ひまり?やっと…やっと帰ってきてくれたんだね……僕の…ひまり」
伸ばされた手を取ろうとした瞬間、視界が激しく揺れた。
胸ぐらを掴まれて引き寄せられていた。
目の前には先程の優しい微笑みはなく、何もかも見透かされそうな鋭い視線が自分に向けられていた。
サーッと血の気が引くのが分かる。
怖い
「ねぇ…ひまり?僕を捨てて出て行った癖に、謝罪すらないの?…外の世界は楽しかった?…ねぇ、そんな事無かったでしょ?お前は産まれたときから不幸に"選ばれる"人間なんだよってずっと教えてきたよね?忘れるなよって言ったよね?」
怖い
「もう一度、1から教えなきゃその馬鹿な脳みそでは理解できないかなぁ?仕方ないか。だってお前は欠陥品だもんね?何を勘違いしてるのか知らないけど、あの女の死も、火事も全部お前の産まれ持った運命のせいだよ。お前が火事を起こしたんだ。お前が…」
心臓が引き裂かれそうな程痛い。
この人の言葉が怖い。
「お前が父親を壊し、母親を殺したんだよ?」
胸ぐらを掴んでいる手の親指の爪が首に喰い込むが痛みは感じなかった。
思考が働かない。何かを言わなければと思うが声を出せない。
「どうしようもない、不幸を呼ぶ欠陥品を受け入れられるのは僕だけだよ。もう勝手に居なくなったらダメだよ…?ひまり」