第3章 とけていく
夕食の準備が整ったので夾を起こしに来たひまりだったが、何度声を掛けてもノックをしても返答がなかった。
仕方なくドアを開けると、スースーと寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている夾の姿。
「夾、ご飯できたよー」
眠りが深いのか起きる様子が無い夾を見て、何かを思いついたようにニヤリと口角をあげ、キョロキョロと部屋を見回した。
「…あったあった。ふふふっ」
机に置いてあったペンを手に取りニヤニヤとしながら夾に近付く。
笑いを堪えペン先を鼻の下に持って行こうとしたその時
「おい。ひまり…。バレてんぞ」
パチッと開かれたオレンジの瞳にひまりは「わぁっ」と声を上げて驚き、咄嗟に逃げようとして壁に額をぶつけて悶絶していた。
夾は起き上がって胡座をかくと「大丈夫か?」と呆れたように笑った。
「狸寝入りしてたの?!鼻毛描きたかったのに!!」
「いや、描くなよ。気配で起きたんだよ」
「声掛けても起きなかったクセに!!」
額を押さえながら拗ねたように口を尖らせ文句を垂れていると、夾がひまりに手招きをする。
何よ。と眉を潜めて四つん這いで近付くと、強引に前髪を上げられた。
「あーあ。赤くなってんぞ。ちゃんと冷やしとけよ」
ひまりの赤くなった額を見て顔を歪めてから、その殴打した部分をパチンと軽く叩いた。
痛い場所に更に衝撃を与えられ、また悶絶するとケラケラと笑う夾を恨めしげに睨む。
「ドS!アホ猫!大人しく鼻毛描かせろ!」
持っていたペンで正面から襲い掛かるが、容易く両手で両手を掴まれまたもや未遂に終わる。
両手をぐっと掴まれたまま、声を発さずにバーカと意地悪い顔で口パクされたひまりは口をへの字にして眉根にシワを寄せた。
力で夾には勝てない。
でも、この勝負…
「うわ!ジェイソン!!」
「なに!じぇいそん?!?!」
もらった。
夾の背後を指させば、驚いた夾が手を離し後ろを振り向いた。
その隙に鼻の下にペンを走らせる。
「あはははっ。ひ、ひっかかった!あははっ」
「おーまーえー…っ」
鼻の下を黒く塗られたその顔が、額に青筋を立ててワナワナと握り拳を震わせていた。