第3章 とけていく
「春なら…用事思い出したから帰るって…」
伝言を頼まれた由希がひまりに言うと、えー。と残念そうに眉尻を下げていた。
そんなひまりの態度にも腹が立つ。
なぁにが、俺がもらうかも、だよ。
さっきの春の言葉を思い出すとむしゃくしゃして、乱暴にタオルで髪を拭いた。
雨で体はダリぃし、楽羅は妙にテンション高くていつもよりうっとーしい上に、春は訳のわかんねーこと言うし今日はもう気分最悪だ。
はぁー。と大きめのため息をついて項垂れるとひまりが俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫?」
「あ、雨だから体だりぃんだよ。それだけだよ」
急に目の前にひまりの顔が現れたもんだから一瞬怯んだ。
ちけーよ。アホかコイツ。
こんなんだから、あのクソガキが調子乗んだよ。
「あ、そっか。食欲は?食べたいものある?」
「…素麺」
答えると「了解」とひまりが満面の笑みで笑う。
心臓がギュッと締め付けられるような感覚に陥った。
今日はいつにも増して調子が悪そうだ。
「買い物行って、ご飯出来たら呼ぶから部屋で寝ときなー?」
ポンと俺の肩に手を置くと、先に玄関を出て傘をさして待っていた由希を追いかけて行った。
さっき俺に見せたあの笑顔で。
イライラする。
もう今日はこのまま風呂入って寝てよう。と脱衣所に向かう。
アイツは春に惚れてるんだろうか。
人狼ゲームの時も仲良さそうだったし、さっきも春が帰ったと分かった途端、落ち込んだような表情をしていた。
考えていると何故かまた腹が立ってきて、脱いだ服を力任せにカゴに投げ入れる。
「まぁ、俺には関係ねーけど」
言い聞かせるように声に出してみるが、また心臓がギュッと締め付けられた気がした。
今度は痛みを伴って。
「あー。腹減った」
頭からシャワーを浴びると、気怠い体が少しスッキリとした。
ひまりと再会してから、あいつの顔がふと思い浮かぶ事が多くなった。
まさか…な。
そんなこと。あるわけがない。
自分の気持ちに蓋をしてワシャワシャと頭を洗った。
俺はアイツのことを好きにはならない。
左手首についた数珠を見つめ心の中で呟いた。