第12章 Act
「俺は本当にただのバカなネコで。由希……みたいに上手く周りを見たり、強くも無ェけど……。俺は由希にはなれねぇけど。でも俺を選んで欲しい。お前の未来に俺を置いて欲しい」
俺が一番傷付けると思った。
きっと由希だったら。俺以外の誰かだったら。
こいつも安心して守られて、慊人からもちゃんと守ってやれて、きっと幸せにもなれんだろうなって。
分かってるのに感情を手離せなかった。
それはきっとひまりという色のある世界を知ってしまったからで。
「ひまりが好きだ」
お前じゃなきゃ嫌だ。
どんな未来を思い描いたって、俺が笑ってられるのはひまりが隣にいるからだった。
もしも拒絶されたって、もう偽ったり、逃げたくなかった。
瞠目したひまりの瞳はみるみる内に涙でいっぱいになって。
震える吐息と共に「やめてよ」と声が漏れる。
「違う、夾は間違ってなんか無かった。離れてよかった。離れなきゃ、いけなかった。どうして、戻って来たの。どうして好きだなんて……」
く、と喉が詰まる。夾に手を掴まれたまま、その場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。
言葉で聞いてしまった瞬間、抑え込んでいた蓋がこんなにも脆かったのかと思えるほどに簡単に決壊した。
ボロボロと瞳から零れる大粒の涙は、まるで歯止めが効かなくなった感情のようだった。
夾のたった一言で、途端に色付いた世界が苦しい。止まらない。
「何で言うの、ねぇ何で……ッ言わないでよ、ちゃんと忘れようとしてたのに。そんなこと言わ……言われたら、夾のことが好きだって感情が」
掴まれていた冷たい手が両頬を包み込んだかと思えば、抑えられない感情を吐き出し続けていた唇を彼が塞ぐ。
ふ、と熱い息が端から漏れて、身を任せるように自然と瞳を閉じた。
離れていくそれが名残惜しくて冷たい彼の頬を、自分にされてるものと同じように包み込む。
「好き、なの。夾を諦めたくない」
涙で歪む彼の顔が近くなって、またボロボロと涙を零しながら目を閉じた。
閉じた瞼の裏に、彼が思い描くものとは違う未来が映し出される。
秒針が進む音が嫌に耳に響いた。
それが怖くて、縋るように夾と唇を重ね続ける。
たった一秒でも時間が惜しい。
夾との未来を諦めたくないのに。
もう四カ月も残されていない時間の中で、どうにか出来るとは到底思えなかった。