第12章 Act
困惑と怯えを宿した瞳で見上げていた少女は、夾の身なりも勿論だが、顔の傷にギョッと目を見開いていた。
けれども拒絶されている相手にどう接していいのか。接してもいいものなのか。
それが分からず、揺れる瞳の中に夾の姿を映し続けている。
少女の揺れる瞳の中に、情けない顔の自分が映っていて辟易した。
ひまりを拒絶したのは自分なのに。逃げたのに。
拒絶されることを怖がっている。
何も言えなくて、沈黙が続いて。
先に行動を起こしたのはひまりだった。
前髪から雫が滴る程に全身を濡らした夾に、洗面所からスポーツタオルを持って来る。
拒絶されるか否か。躊躇しながらもポタポタと落ちるそれを見かねて、ふわりと頭にかけてやる。
その一歩を踏み出せたのは、彼の瞳に自身がしっかりと映っていたからだ。
「風邪ひくよ。お風呂の準備、するから」
とは言え、沈黙が痛かった。
それらしい口実を吐いて今度は逃げる為の一歩を踏み出したのに。
突然冷えた手に腕を掴まれて叶わない。
あぁ、どうしよう。酷く暴れる心臓の音は高鳴りか、それとも恐怖心か。
せめて洗面所へと顔を向けていたことが救いである。
見せられない。それに見たくなかった。
「……ごめん」
絞り出すような声音に思わず振り返ってしまった。
やってしまった。少女はそう思ったがもう遅かった。
「ごめん、ひまり」
逸らせない視線に、は、と吐息を吐き出していた。
思い出す。華やかさはないけれど、素朴でふわりと暖かい香り。一面の白と緑。
風が花畑に波を起こす中で向けられた視線と同じ目をしていた。
「俺は弱くて、呪いも解けてなくて。お前の近くに居る資格が無いと思って逃げた。逃げて楽になろうとして、お前が弱ってんのに考えないようにして」
いつだってそうだった。
逃げて、楽になろうとして。誰かのせいに、不幸を鼠のせいにして、母親への取り返しのつかない言葉も忘れたフリをしてれば楽になれた気がしていた。
けど、どんなに見ないようにしていたって、忘れたフリしてたって。
なにひとつ心の中から出て行ってくれなかった。
絡まって、蝕まれて。
立ち向かわなきゃ、ずっと追いかけられるだけなのに。
変わりたい。変わっていきたい。失いたくない。
例え重荷を背負わせることになってしまったとしても。
それを一緒に背負っていけるなら。