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ALIVE【果物籠】

第12章 Act



「今更遅いんじゃない」


吐き捨てるように言われたそれに何も言い返せない。
逃げて、傷付けて。確かに潑春の言う通り今更だ。今更だけど。


「分かってる、今更だってことくらい」


分かってる。逃げて傷つけて。今更会いに来ただなんて都合が良すぎる。
自分自身にだって分かり切った都合の良さを押しのけてここへ来た理由。
正直、教えて欲しいぐらいだと思った。
けれども、こんなにも中途半端な感情を引っ提げながらも心の内の何かが、逃げることを許してくれなかった。
十二支が少女に科してしまった深淵の奥深くから、誰かがこちらに向かって叫ぶのだ。
後悔したときにはもう遅いぞ、と。


「え……?」


潑春の背の向こう。
廊下から顔を出しながら小さく驚きの声を上げた少女と目が合う。
少女は腫れた瞼を目一杯上げて、大きな瞳の中に夾を映していた。
「夾」と震えた声で紡ぎ出す。
その瞬間、ぶわりと世界が彩ったようで。
由希に殴られた時よりも脳内がスッキリしたようで。

中途半端だった感情が一掃された気がした。
泣かないで。笑ってて。
好きなんだ。どうしようもないくらい。


「ほんと今更。俺にも、殴らせて」


潑春が握りこぶしを作って振り上げる。
抵抗するつもりは無かった。ギュッと目を閉じてその衝撃を待つ。
なのに衝撃と言うには余りにも優しすぎる振動が肩を叩いた。
恐る恐る瞼を開くと、微笑む潑春のカオ。
歪に歪んだ口元が印象的だった。
肩に置かれた手は、僅かに震えていた。


「話、あるんでしょ。ひまりに」


肩を竦めながら玄関を出て夾の隣で豪快に傘を開いた潑春は、「あ」と何かを思い出したように振り返った。
その彼の顔は、普段見慣れた気の抜けたような表情に戻っていた。


「次、同じ事したら殺す」


気の抜けたような顔で、平然と物騒な言葉を残して歩いて行く背。
ポケットに突っ込んだ手を固く握りしめて、「あー……つっら」と掠れた低音で呟いていた声は、誰にも聞かれることなく雨音に掻き消された。


潑春の背を見届けて、未だに廊下に突っ立ったままのひまりに視線を戻す。
脱いだ所で気休めにしかならないグチャグチャになった靴を脱ぎ捨てて、廊下に汚れた足跡を残しながら少女の目の前で立ち止まった。
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