第12章 Act
好きだよ。確かに目の前の彼の唇はそう動いたし、耳朶にも響いた。
嘘を吐いている目でも、揶揄うような声音でもない。
あぁ、本気だ。そう思ってただただ目を瞠る事しかできないひまりに、潑春は容赦なく続ける。
「冗談でも何でもない。本気。ずっと前から好き。気付いてなかったの、ひまりくらい。何回も諦めようとしたし、諦めたつもり、だった」
やっぱ諦めらんない。掠れた声で言って、縫い付けていた手を解放してやる。
そのまま少女の左耳にそ、と指の背で触れて、苦しそうに眉根を寄せた。
「夾のことも、これからのことも諦めて、こうやってボロボロんなって堕ちてくんでしょ。自分の事、殺していくんでしょ。だったら、俺にちょーだい。俺、夾みたいにひまりの事拒絶しないし。もしも夾を忘れらんないって言うなら、俺は夾の代わりでいい」
……いいよ、利用、してくれて。
穏やかに発するその言葉尻が微かに震えていて、ひまりは、あ、と思った。
泣いてる、と思った。
潑春の瞳はずっと変わらず無駄な潤いは無くて、表情だって泣き出しそうなそれでは無いのに。
泣いてる、と思った。
「……ひまり?」
代わりにひまりが泣き出しそうに顔を歪めて。
暫くそのまま潑春を見据えて、一度瞼を閉じて開く。
少女の瞳が少しだけ潤っていた。
「いいの。ねぇ、春はほんとにそれでいいの」
「……いいよ。半端じゃない。本気だし」
「だったら尚更」
震え始める下唇を歯で抑えつけて、潑春の胸を手で押し込んで起き上がる。
すんなりとそれを受け入れた潑春が、「尚更何?」と聞けば少女の顔がくしゃりと歪みきった。
そりゃ楽だろう。
彼の感情に付け込んで利用して、その気持ちには答えずに夾への寂しさを慰めて貰って。
そうして和らげてもらいながら過ごして、四カ月後には潑春の前から消えるのだ。
潑春に背負わせるだけ背負わせて。
記憶も。罪悪感ですらも消してもらって慊人の元へと行くのだ。
……きっと最低限の苦しみだけで、残りの時間を過ごせる方法なのだろう。
ふ、とひまりが睫毛を伏せると、大きな手が一筋だけ涙の痕が付いた片頬を包んだ。
その手に導かれて彼を見上げる。
「利用してよ。俺の事」
少女には穏やかに紡がれるその言葉が、まるで悪魔の囁きのように聞こえた。