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ALIVE【果物籠】

第12章 Act


大きく口の開いた袋の中身を、持ってきていた皿にぶちまける。
数枚零れ落ちたそれを口に放り込んで、咀嚼しながら少女の前に皿を滑らせる。
食べたら。の意だった。
だが少女は睫毛を伏せたまま緩やかに首を横に振る。

潑春は机に頬杖をついて少女を観察する。
細くなった手首。目の下の隈は数日前に比べれば幾分かマシだろうか。

潑春が少女の耳に髪の束を掛けてやる。
見えた横顔はここ最近と同じ、無に近い物だ。
左耳が空席のままなことを確認して問う。


「……ピアス、付けないの?」

「うん」

「俺のピアス、いる?」


少女はまた緩やかに首を横に振る。
その動きについていくように色素の薄い髪が揺れて、また少女の左耳と表情を隠した。


「先生、いないの?」

「今日は遅いって、言ってた」


あー、だから由希は帰るまで俺にここにいろって言ったんだ。潑春は理解して、抑揚の無い声で返事したひまりに「ふーん」と返した。

シンとした室内に響き始めた雨音。
確か夾がこの家を出て六日目だっただろうか。
正直潑春としては納得出来ないことが多い。
ひまりも夾も、まぁ認めたくは無いがお互い惹かれ合っていたのだろう。
なのにこの状況が謎でしかない。
あのバカのことはとりあえず横に置いておいて。
ひまりがここまで消沈してる理由は何だろうか。


「ひまり」


名を呼んでみるが返答は無かった。
ただ、強くなり始めた雨の音が響いている。


「ひまり」


もう一度呼ぶと「ん?」と小さな返答がある。
視線は合わなかった。

―――ひまりが未だに慊人に縛られている。

由希と導き出した、できれば思い過ごしであって欲しい可能性。
それが脳裏を掠めて双眸を細める。
頬杖をついていた手をギュッと握り込んで、傾いていた姿勢を正した。


「呪い、解けてないの?」


少女の微動だにしなかった髪が揺れる。
一瞬だけ見えた唇から、は、と吐息を漏らしているように見えた。
雨音に耳を傾けながら返答を待つ。
今度はひまりが自分で髪の束を耳に掛けて、潑春と視線を合わせる。
微かにその小さな唇が歪んでいて、潑春は悟ったように閉じた口の奥で歯噛みした。


「解けてるよ、春も知ってるでしょ。こないだ、紅葉に抱き締められても変身しなかった」
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