第12章 Act
睥睨、と呼ぶに相応しいそれを隠すことなく夾に向けている。
オマケに紅葉にしては珍しく、両腕を組んで仁王立ちしているのだから百発百中ひまりのことを咎めに来たのだろう。
腹の底に押し込めていた物がどろりと湧き上がってくる。
「……ンだよ?」
「ボク、キョーに言いたい事があって」
どうせ責め立てて来んだろ。何を言われたって軽く流せばいい。
夾はそう決めて気怠げに首を掻きながら「何」と返す。
紅葉は霧雨を僅かに乗せた長い睫毛を一度だけゆったりと瞬かせて、細く息を吸い込んだ。
「ひまりのファーストキスの相手、ボクだよって言ったらどうする?」
「……どういうことだよ」
「ひまりが保健室で寝てる時に」
「ア?」
ざらりとした地を這うような声が紅葉の言葉を途中で遮る。
紅葉は何てことないように肩を竦めて「なぁに?」と答えた。
細かい粒子が少しずつコンクリートの色を濃く染めていく。
鼻筋に皺を寄せた夾は唇を固く結んで、ただその中で歯噛みするしかなかった。
「何にも言えないよね。だってキョーは逃げたんだから。……なんで逃げたの?まだ呪いが解けないから?それともひまりが自分に振り向くホショーが無いから?」
腹の底の黒いものが溜まっていく。
水分を含んで重くなった髪が額に張り付いて気持ち悪かった。
気持ち悪かった。少女の左耳からは光が無くなっているのに、元気がなくなっていく少女は自分という存在を必要としてくれてるんじゃないか、とか。
どう諦めたって淡い希望を探し出そうとする自分が気持ち悪い。
俺じゃない方が良い。
ひまりがつまづいたって抱きとめてやることも出来ない。
数珠が外れてしまえば化け物になってしまう俺の呪いがいつ解けるのかも分からない。
それにハッキリと聞いた。俺が好きではないと。
俺への気持ちは恋ではないと。
「ボクには今のキョーも、ひまりも。感情を押し殺してるだけに見えるよ。もっと、タンジュンなことじゃないの?お互いスキなんじゃないの?」
「……お前、何がしてェんだよ」
うっとおし気に額に張り付いた前髪をかきあげて、鋭利になった双眸で紅葉を睨みつける。
「牽制したかと思えばお互い好きだの何だのフザけたこと言いやがって。意味わかんねぇんだよ」