第12章 Act
陽が暮れかけていた。
窓から入ってくるそれが眠る少女を包む布団を彩っている。
由希はただぼんやりとその彩りを眺めていた。
少女はよく眠っていた。
泣き疲れたのか、それともはとりから渡された薬の副作用か。
はたまたその両方か。
四肢をピクリとも動かさず、腫れた瞼が震えることも無い。
ただ穏やかに、彩った布団が上下に動いているだけであった。
救った。そして救われた。
今日初めて自身のおこがましさに吐き気がした。
自分がいなければ少女はこの世に産まれてなかった。
だから救い、救われの関係性だと。
自身の中の魂が少女を救ったのは、ただの保身からだったのだ。
顔向け出来ないと思った。
少女に対して抱いているこの感情ですら、保身のものではないかと。
もしもそうなら、なんて汚い感情なのだろうと。
結局少女の顔を見る事無く、静かに部屋を出た。
巡る思考が、どうやったって少女の手助けにはなれないと結論付ける。
根幹には絆と称された呪いがある。
物の怪憑き達が百年以上かかって解けた絆。
それが今回、少女が持つ魂に科せられたのだ。
物理的に引き離すにしたって、それこそ監禁でもしない限り神様の元へと還るのだろう。
熱くなった目頭を押さえて、歯を食いしばる。
諦めない。絶対、諦めない。
何度も何度も反芻させるのに、脳内はそれを拒絶するように受け入れてはくれなかった。
もしも誰かが少女の隣にいてくれるのなら。
もしも少女がそれをキッカケに足掻いて、抗ってくれるなら。
そんな不本意な考えだけを、すんなりと脳内が受け入れてくれた。
酷く気怠い。苛立つ。
まるで雨の日のソレに似て、また違う不快感。
ひまりが日に日にやつれていく姿を見ないようにして、硬く目を瞑って歯噛みしながら机に突っ伏す。
どうせ俺がいなくたって、心配しなくたって。
あいつを想う奴が何とか支えになってくれんだろ。
そんな風にして全部胃の底に押し込めた。
溜まったそれがせり上がるように吐き気を催すが、道場で体を動かしてる間だけは少しだけ忘れられた。
放課後、道場へ向かう足取りは少しだけ軽かった。
なのに一気に気怠さが舞い戻ってくる。
重たい雲が堪えきれずに、粒子のような雫を零し始めたからではない。
「キョー」
呼び止めた相手が何を言いたいのか、その表情で分かってしまったからだ。