第12章 Act
「上手く入り込めなくてその言葉だけしか聞けなかった。けれど……充分すぎるでしょう?」
微笑んだ女の口元は震えていた。
分かったの。探さなきゃいけないのは呪いの解き方じゃない。
物の怪憑きの呪いはきっとその内解けるわ。
けれど、代わりにあの子が縛られることになる。
神様が自らの手であの子を手離さない限りずっと。
震える手を握りしめる。浮いた骨が、更に顕著に表れていた。
紫呉は手の平で両目を隠すようにして肘をつく。
「逆だった」言った女の顔を見ることが出来ないまま次の言葉を待つ。
「初めてひまりを慊人さんに会わせた時。みんなとは逆だった。縋るように泣いたのは慊人さんの方だった。それをあの子が優しく抱きしめたの」
あぁ、どうにも出来ない。全てを理解した紫呉は唇を噛んでキツく瞼を閉じた。
瞑目して、そして整えた表情で女を見据えて重い口を開く。
「なら……尚更。貴女のしている事は無意味なんじゃないんですか」
「だぁかぁらぁ、とことん足掻いて藻掻いてやるって言ったでしょ。私が健在な間はあの子の中の魂の記憶を消せるまで諦めない」
「……でも、今のままじゃ長くは持たないんでしょう?その後はどうするんです?ひまりをひとりぼっちにして」
女は深く息を吸い込んだ。天を仰いで瞳を閉じる。
眉根が震えていただろうか。紫呉にはそこまでは分からなかった。
双眸に涙を浮かべた女が「連れ戻して」と歪に笑う。
自分の力は継続するものでは無い。それなら、紫呉の近くが一番安心だ。と。
「……僕が一番慊人さんをコントロール出来ると?」
「それもあるかな。紫呉って口が上手いし、頭も回るし」
「それは買い被り過ぎですね。僕もカミサマに抗えない物の怪憑きのひとり、ですので」
「でも、それだけじゃない。根本的に優しいのよ。紫呉は……傍観者にはならないでしょ?」
やっぱり、買い被りすぎですよ。
紫呉が眉を曇らせる。
ごめんね。きっと背負わせちゃうね。
女が微苦笑を浮かべた。
でも、ひまりは私の娘だから。
だからきっと諦めずに藻掻いて足掻いて、そうして見つけてくれると思うの。幸せになれる道を。
もしもの時はあの子の事宜しくお願いします。
それは紫呉が女から受けた、最初で最後の頼み事であった。