第12章 Act
「ねぇ紫呉。足掻かずに不変を受け入れながら生きるのって、死に値すると思わない?」
「それは僕達への皮肉ですか」
「ふふ、少しだけ。ただ足掻き方も感情もそれぞれ違うし、その部分については私はとやかく言える立場じゃないんだけど」
女が振り返って少女の笑顔が映し出されたそれを見る。
穏やかに微笑む顔は、母親の愛が隠されることなく滲んでいた。
「生きるってね、それだけで世界に抗えて変化を与えられるの。風が吹けば壁になり方向を変えて、芽吹く命の陰になる障害物を取り除いてやれば、その芽に陽を与えてやれる。それと違って死は不変だよ。何も変わらない。むしろ私という存在を、世界は歯車でも何でもないただの飾りとでも言うかのように回り続けるの。それなら私は意地でも歯車になってやる。とことん足掻いて藻掻いてやる」
諦めたくないあの子の未来を。
笑った女の声には、僅かに不安が見え隠れしていた。
「貴女が死んでしまえば、それこそ意味がないじゃないですか。草摩に帰ってから足掻けば……」縋るような声をあげた紫呉の頭を、女はポンとひと撫でする。
「なんだかんだで紫呉も優しいのよねー。でも私だって、記憶消すだけで足掻いてる訳じゃないのよ?呪いを解く方法、探してるの。探してたんだけど、ね」
「……何か不測の事態でも?」
女は言った。草摩に居る頃に漁ったどの資料からもひまりのような存在は一度たりとも産まれていない事。
十二支全てが揃った宴は、一番最初の絆を約束した時と今回の二回だけであること。そして、魂の記憶のこと。
「魂の記憶?」
「そう。魂……。隠蔽術をするときって、人の頭の中に入り込む感じなの。記憶の中って沢山の小さな液晶画面がズラーっと全面に並んでて、その中から消したい記憶を消すって感じなんだけど。ある日……ひまりの記憶の奥深くに眠った、あの子であってあの子ではない記憶を見つけた」
紫呉は怪訝な顔をする。まるで意味が分からない……と眉根を寄せていた。
「"神様を独りにしないで。愛してあげて。どうか、外の世界でもたくさん笑えるように。きっとそれを見届けられたなら、猫も安心して神様から離れられる。絆から解放される"」
「え?」
瞠目して、紫呉の瞼が震えた。
神様、猫、絆……。どう考えたって、それはこの不可解な絆と言う呪いの記憶であったのだ。