第12章 Act
「チェックメイトって何よ」
「僕が隠蔽術、って言った瞬間。指先が強張りましたよ?ほら、袖に皺が寄ってる」
女がつい、と指された場所に目を向ける。
組んだ腕。二の腕辺りに置かれた一本の指先に握り込まれた袖口に、不自然な皺が作られていた。
女はキョトンとそれを見て、そして男を睨みつける。
何の攻撃力も無い、遊びのような睨みだった。
「もおおおおおおお!ホント紫呉嫌い。なんなの、性格悪すぎない?っ普通こういう時って顔見るよね!?カ、オ!!いや、ってかちゃんと私と目線合ってたよね!?視野の広さエグくない?紫呉ってウマだったの?」
「いえ、僕はイヌなんで」
「わーかってるわよ、そんなもん。ただの比喩表現でしょっ!くっそー、小僧にしてやられたー最悪ー」
女が小さな机に項垂れると、机の面積がほとんど隠れた。
紫呉はグラスが倒れないよう持ち上げて中身を飲み干すと「褒めて貰えて嬉しいなぁ」なんて煽りともとれる言葉と表情を作る。
項垂れたままの女が「わっるい顔」とひまりと同じ色を持つ瞳を眇めながら見上げた。
「その様子だと、ある程度確信してるんでしょ」
「勿論。貴女の反応で確信に変わりましたよ」
ははっ、と紫呉が笑う。女はもう一度苦いものでも食べたかのような顔で「わっるー」と呟いた。
「まぁ、その"力"の程度がどんなものかは分かりませんが。草摩の歴史にとって貴女達親子の存在がイレギュラーすぎますので」
「力ったって、はとりみたいに完璧なものじゃないよ。この力に気付いたの、草摩出てからだし。継続して使わなきゃ効果ないし。それに滅茶苦茶体力使うのよね。コレ」
上半身を起こして、自身の手のひらを見つめる。毎日、眠る愛おしい少女の頭を撫でる手。
「私が出来るのは、物の怪憑きの絆の部分の記憶を薄れさせるだけ。一度本気で消してやろうってやってみたけど、結局は私が寝込んだだけで消せなかった。……それだけ、絆ってやつは強力なんだろうね」
そう呟く女は力無く微笑んでいる。
力を使い続けている以上、命は削られていく。
言った女の手は、痩せて骨張っていた。
「それなら……もう戻ってこればいいじゃないですか。命を張る必要、あるんですか」
幾分か低くなった声で、痛そうに顔を歪めながら紫呉は聞いた。
穏やかに笑った女は、首を振って否を表す。