第12章 Act
「もうさー、なぁんで来ちゃうかなぁ」
誰からココのこと聞いたの?吐け。今すぐ吐けッ!
口をへの字に曲げた彼女は特に深刻そうにするでもなく、どちらかと言えば軽いノリで小さな机を間に挟んで対面に座る男に文句を垂れている。
彼女の短く切り揃えられた髪は馴染みが無かったが、そんな事よりも彼女の態度の方が男は謎であった。
「あれ、もっと深刻そうにしないんですか?僕、草摩の人間なんですけど。オマケに慊人さんと結構近い方なんですが」
「紫呉の事だから、その内ココを探しあてて突撃訪問して来るだろうなぁとは思ってたからねー」
「……へぇ?」
もっと面白い反応が見れるかと思ったんですけどねぇ。
やめなよその性格の悪さ。モテないよ。
呆れた顔の彼女が立ち上がったのと同時に短い髪が揺れる。やはり馴染みがない。
以前までだったら腰あたりまである髪が緩やかに重力に流れていた。
「髪、もう伸ばさないんですか?」
「こっちの方が草摩の目に付きにくいでしょ」
彼女は小さな冷蔵庫から市販の珈琲を取り出した。
たっぷり氷の入ったグラスに注ぎ込めば、涼しげな音を奏で始める。
紫呉はその音に耳を傾けながら、お世辞にも綺麗とは言えない部屋の中をぐるりと眺めた。
傷んだ柱、壁には所々染みが浮かんでいて、きっとカーペットの下に居座る床は傷だらけなのだろう。
古い戸棚の上には写真立てがひとつ。
紫呉の記憶よりも少し大人びた少女が、制服を来て校門の前で笑っている写真だ。
「……ひまりは学校?」
「じゃなきゃ家に招き入れる訳ないでしょ。ってかそれ狙ってこの時間に来たんじゃないの?」
紫呉の目の前に冷えたグラスを置いて、細い肩を竦める。
今日はたまたま休みだったけど普段は仕事。完全に狙って来たでしょ。
半眼の女に紫呉は「まさかー。僕もたまたまですよ」なんて涼しい笑顔を返した。
胡散臭ぁ。女は分かりやすく顔を歪ませて頬杖をつく。
着物の袖口を探り始めた紫呉に「この家禁煙」と有無を言わさぬ声音で言って、それから突然訪問した彼の顔を見透かすような瞳でジッと見つめた。
「で?ここのこと誰から聞いたの?」
「特に誰からも。僕、散歩が趣味でして」
「それで見つけたって?趣味まで悪ッ」
「えー、相変わらず手厳しいなぁ」