第12章 Act
―――ひまりという代償を
唇の動きを追うだけで精一杯だった。
心臓が暴れ始めて、瞳が揺れる。
あぁ、最悪だ。由希は零れたような声で呟いて頭を抱えていた。
事態は思っていた物よりも深刻だった。
呪いが解けてしまっているなら、どうにだって出来ると思っていたのに。
ひまりの意志であって、そうではない。
物の怪憑きだったからこそ分かる、キズナの恐ろしさ。
解けてない。ひまりは呪いが解けていない。
物の怪憑きの絆を壊すために"俺達が"差し出した代償がひまりなら
「俺達には、何もできない」
何も……どうにも出来ない。
だってもう絆は壊れ始めている。代償を支払ってしまった。
じゃぁ、少女が産まれる為に魂を分けた俺は
「……あ」
昔の記憶が脳裏に浮かぶ。
じっとりと体に纏わり付くような雨を隔離部屋の窓から眺めていた時の記憶だ。
生きる事を諦めかけた時に、初めて少女に出会った。
「あ……あ、」
由希は震える手で口を覆う。
あの時、込み上げてくる感情が抑えられなくて涙を流した。
あの時、確かに思ったんだ。
―――あぁ良かった…本当に、良かった。
―――君が存在してくれて…良かった…。
最低だ。
きっとあの後に言葉が続くならこうだろう。
―――君という代償がなければ解放されないのだから
「最、低……だ」
震えた手で完全に顔を覆い隠している由希を、紫呉は変わらず無機質な目で眺めて、奥歯をギシリと鳴らすはとりに視線を戻した。
「なら何故……そこまで分かっててあの日ひまりを連れ戻したんだ。五年間、ひまりは草摩に近づこうとすらしなかった筈だ。じゃぁあのまま」
「それは無理だよはーさん」
紫呉はゆったりとした動きで座布団に腰掛け、着物の袖口を漁った。
そうしてタバコを取り出しその一本に火を灯す。
燻る煙の行く先を見つめ、その中に亡き者の姿を思い浮かべた。
「少しばかり、昔話をしましょうか」
頭を抱えていた由希が、はらりと流れた銀の間から紫呉を見る。
はとりは未だに歪んだ顔を張り付けたまま、座布団もなにもない床の上に腰を下ろした。
「あの子の。ひまりの母親の話だよ」