第12章 Act
キツく胸元を掴み上げられた紫呉は、はとりの怒りの理由を悟ったかのように瞳を緩く細める。
それを見て、はとりに刻まれた皺が更に濃くなった。
由希は予想外の展開に、数秒前までは抗えなかった筈の眠気が簡単に吹き飛んでいた。
ごくりと息を呑む。はとりがここまで怒りを露わにするのを見るのは初めてだったから。
「お前……もうはぐらかすなよ」
「んー……何の事で」
「しらばっくれるな!!」
怒声が響いた居間は、その余韻も残さずにシンと静まり返る。
はとりが声を荒げる姿も初めてだった。
ジリジリと痛みを伴うような空気を前に、由希は息を殺すようにして二人のやりとりを見つめている。
「お前の事だ。俺が何を言いたいのかもう分かってるんだろ」
「僕の事を買いかぶり過ぎでは?」
鋭い眼光に返すのは挑発するようなソレ。
はとりはとうとう鼻の頭にまで皺を寄せて、片腕で引っ掴んでいたものを両手に変えた。
「夾が出て行った程度であそこまで精神がやられる訳ないだろ。お前、前に言っていたな。"責任"って……」
「……ええ」
「その責任ってなんだ。俺達の知らない所で何が起こってる」
「痛みなくして、得るものなし」
はとりは瞼をぐっと落とす。どういう事だ、の意だった。
紫呉は緩く開けた瞳ではとりと視線を交わし、揶揄するように口元に弧を描いた。
「痛み。本来このことわざで言う痛みは努力……だったかな。ねぇ、はとり……僕達の呪いってやつが何の努力も無しに解けるって本当に思ってたのかい?」
「……何が言いたい」
「草摩では有名デショ?僕等物の怪憑きの由来のハナシ。物の怪憑きは自らの意志でキズナを受け入れたんだよ。それを呪いと呼んで、厭い始めたからって簡単に解けるなんて不思議じゃないか?」
紫呉の問いかけに、はとりの白んだ指先に色が戻り始める。目を見開いて、僅かに「は」と発した唇が震えていた。
「待って紫呉、それって……それじゃぁ……」
言葉尻を震わせたのは由希だった。
揶揄を滲ませていた表情を無機質なものに変えた紫呉が、はとりを見て、そして由希に視線を向ける。
「そうだよ。僕達は何の努力もしていない。産まれ持った特異な体質を受け入れ、未来に絶望し、カミサマをカミサマとして扱った。僕達は努力の代わりに代償を差し出したんだ」