第12章 Act
だが、ひまりの記憶が正しければ由希はいつもと変わらなかった……。
そう思ってひまりはアレ、と一点を見つめたまま記憶を探る。
思い、出せない。
ここ数日。由希とは何度も会話をしていた筈なのに会話の内容はおろか、その時の彼の表情が思い出せないのだ。
「ま、ある程度は聞いた。夾、のことだろう」
幾分か穏やかになった声音のはとりがベッドに腰掛ける。
ひまりには、慰めるような気を遣うようなはとりの言葉は耳には入っていなかった。
その様子は、ここ三日間の少女のそれ。
周りの声も自身の感情も、全てを遮断して閉じこもっている。
反応を示さない少女に、はとりが顔を覗き込む。
キオク……。そう呟いた少女の声音が余りにも小さくて彼は更にひまりに近づいた。
「ねぇはとりっ」
瞬間、縋るように襟を掴まれたはとりが目を剥く。
「はとりの、はとりの隠蔽術って……呪いが解けた後も出来るの!?」
「な、……にを」
しっかりと見据えてくる瞳の中に懇願が滲んでいる。
その姿が幼いころの慊人と重なった。
そして理解する。少女の懇願の意味を。
父親が死んで、母親に蔑まれて。
心が壊れつつあった小さく弱い慊人が懇願したのだ。
苦しみから解放される為にはそれしかないと考えた少女が「あの女の記憶を」と、自らの母親の記憶を消してほしいと。
目の前のひまりと同じ目をして、必死にはとりに縋りついていた。
ほんの一瞬、ひまりが慊人に見えてあの時と同じ言葉が出そうになる。
神様の記憶は消せないんだ、と。
それを胃の奥底に飲み下して、一度歯噛みをする。
「……ひとりでも物の怪憑きが残っていれば、もしも俺が解けたとしても隠蔽術は使えるだろうな。じゃなきゃ俺の力の意味が無い」
「そう……よか」
「俺に背負わせる気か」
強めに吐いた言葉に少女と目が合う。
安堵していた少女の瞳が僅かに揺れた。
「お前が何にツラくて、何に絶望して自らの体までをも蝕んでいるのか。ある程度の想像は出来るが、全てを分かってはやれない。でもなひまり。お前はそのツラさから解放される為に、俺に背負わせるつもりか」
ひまりの一部を消す、ということを。続けたはとりの瞳に悲痛の色が滲んでいて、少女は瞼を震わせた。