第3章 とけていく
雨に濡れて体温を奪われた小さな体をブルッと震わせてため息を吐く
「さいあく…」
この姿では身を任せることしか出来ず、春の掌の上で座り込んでいた。
久々にみた自分の鼠の姿。
少しゴワついた、茶色の毛で覆われているこの体。
この姿の自分が大嫌いだ。
—— まるでドブネズミだね。汚い色。
慊人に言われた言葉が脳内に響く。
出来ればこの先死ぬまで、この姿を誰にも見せたくなかった。
自分自身も二度と見たくなかった。
汚いドブネズミの姿。
自分の小さな手を眺めていると、春の歩く振動が止まった。
ガラッとタイミング良く扉が開く音。
「びっ…くりしたぁ。どうしたの、そんなにびしょ濡れで」
驚いた紫呉の声。
そういえば家を出る前に、出掛けるって言ってたな…。
「その服…ひまりの…。あちゃーバレちゃったの。ひまりちゃん」
春が持っている、私を隠している服達を見て察したのだろう。
声だけで分かる…意地の悪い顔で口角上げてるなこれは。
「先生…知ってたんだ…」
「まぁ…聞いてただけですけどね。ビックリした?」
「うん…とりあえず…警察…捕まらなくて良かった…」
今それ?!と私が心の中でツッコミを入れたのと同時に紫呉が同じ言葉で突っ込んでいた。
確かに、女性物の服と下着を抱えたびしょ濡れの男を見かけたら、確実に通報されるだろう。
いや、分かる。その安堵感は分かるけれども。
「僕は出掛けるけど、そのままだったら風邪引くし上がってていいよ。…ひまりは?」
「服の中」
「……ひまりに由希君か夾君の服出してもらって。じゃあ戸締まりよろしくねー」
傘がバンッと開く音のあとに、足音が遠くなっていった。
視界が急に明るくなったと思ったら春が被せていた服を取ったらしく、彼の顔が見えた。
「俺…ひまりはピンクだと思ってたけど…黒派だったとは…予想外…」
「いや、だから今ソレ?!」
私の下着の話をし出す春に笑ってしまったが、今度はしっかり突っ込んだ。
「私の部屋にまだ畳んでないタオルがあるから、それ使って」
春は、ん。と短い返事だけして家に入っていく。
汚い物を見る目でもなく、軽蔑する目でもなく、春の瞳はいつもの私を見る目となにも変わらなかった。