第3章 とけていく
明らかに挙動不審。
楽羅姉が去った後、問い詰められると思ったのか、ひまりは俺の顔を見ようとしなかった。
たまたま降ってきた雨を理由にひまりが走り出そうとした時に、猛スピードで走ってきた車。
彼女が轢かれるっ。と思ったのと同時にひまりの腕を引き寄せた勢いで尻餅をつき、このままじゃ抱き止める形になる。
咄嗟に周りに人がいないことを確認して安堵し、
あ、これでひまりが物の怪憑きか分かる…。と冷静に考えていた。
車が過ぎ去った後にボンッと、変身するときの聴き慣れた音と衝撃があり、なんだ。ひまりは"俺らと一緒"じゃなかったんだ…と悟った。
「…え……」
手を見ても体を見てもさっきまでの人間のまま。
"俺"は何も変わっていない。
そして抱きとめた筈のひまりの姿がない代わりに、さっきまで彼女が着ていた服だけがそこにあった。
訳が分からない。
まさか……
いや、でも"そう"なら何故…ひまりは変身した??
物の怪憑き同士なら、異性であっても抱きついたところで姿が変わることはない。
驚きで目を見開いていると、地面に落ちた服の中から、ばつの悪そうな顔をした小さなひまりが出てきた。
その姿を見て更に驚愕した。
全身が髪の色と同じ薄い茶色をした鼠の姿だった。
「いや、待って…どういう…」
想定外の事が起こりすぎて、生きてきた中で初めてレベルの混乱。
ひまりも目を逸らしたまま無言を貫いている。
由希と同じ"子"の姿
なぜ十二支同士なのにひまりは変身したのか
なぜひまりだけが…?
控えめだった雨が、本格的にザァーっという音を立てて降り出した。
髪から滴る雨粒。濡れて貼り付いていく服。
こんなにも不快な状態なのに、尻餅をついた姿勢のまま動くことができなかった。
長い沈黙が続いていた。
遠くから近づいて来る車の音にハッと意識を現実に戻す。
この状態を見られるのも、ひまりがここで元の姿に戻るのも、どちらも誰かに見られると非常にまずい。
小さなひまりを胸に抱いて隠すようにして服と鞄を拾い上げると、その場から足早に立ち去った。