第11章 徒桜
ねぇひまり、あの化け物を救いたいんだろう?
あの化け物をお前に惚れさせてみろよ。
僕の目の前で「ひまりが好きだ」と公言させることが出来たら……。いや、それだけだとつまらないな。
化け物の感情を反対する僕を一度でも本気で殴ることが出来たら、認めてあげるって言おうかな。
あの化け物が神である僕よりお前を選ぶことが出来たならお前の勝ち。
僕を選んだならお前の負け。
ふふっ……。選ばせてみろよ。この僕よりお前を。
あの化け物が欠陥品であるお前を選んだ時点でお前たちは自由なんだよ……?
「自由……」
クシャリと手の平から鳴った軽い音は、乾いた空気によく馴染んでいた。
香りの無い桃色の花が、ひまりの手の中で少しだけ歪に形を変えている。
夾がしている賭けと同じだった。
完全なる負け戦。
呪いの絆が消えない限り猫は鼠に勝てないし、猫が神に背くことはあり得ない。
慊人が絆という檻の中から自ら出なければ、猫の呪いは解けない。
賭けには勝てない。
「全部、消える」
ぐっと抱えていた膝を引き寄せ顔を埋める。
また花が皺を作って歪んだ。
それからハッと顔を上げたのは、静寂の中に音が生まれたからだ。
どのくらい抱えた膝に顔を埋めていたのかは定かではないが、少し痛むうなじに気を使いながらドアを見つめる。
ト、ト……ト、ト、ト……。気怠げな足音にギュッと身構えるが、ひまりが僅かに抱いた期待はすぐに砕かれる。
夾のもので間違いないその音は、ひまりの部屋では無くバルコニーへと向かう。
「……今更、何を」
期待してるんだろう。左耳を触ろうとした手が宙を舞ってストンと下ろされた。
真上の屋根が少しだけ軋む音。
手の中にある花を崩さないように胸に当てて、少しだけカーテンを開けた。
主役がいない闇夜には、小さな白がポツポツと散りばめられているだけである。
そう遠くない未来。こうして貴方とは違う場所で見上げる空だけが心の糧になるんだろうか。
いや、それすら叶わない。
私は貴方をすっかり忘れて、きっと何の感情も抱かずに空を見上げているのだろう。
残す者と残される者。どちらがツライのだろうか。
残される側の感情は知っている。
だからこそ彼が苦しまぬよう、こうして彼と同じ景色を見るだけに留めるしか出来なかった。
―――月が綺麗ですね。