第11章 徒桜
その幼さが羨ましくもある。
聞き分けという物は厄介なもので、年を重ねる度に分厚くなって視野が狭まる。
藻掻き方を忘れたオトナにとっては、それが酷く憐れであり羨ましくもあるのだ。
「ひまりは僕らの身代わり。絆を壊す為の対価。……僕等物の怪憑きが解放される代わりにカミサマに差し出した対価がひまりだ」
だってそうだろう。何百年も続く呪いが、何の代償も無しに解けると思うかい。
淡々と続けながら、膝の上に乗せた本の表紙をトントンと指で叩く。
依鈴はその指をただ見つめながら言葉を振り絞る。
「そんなの……どうにも、出来な」
「ひまりも、諦めてるだろうね」
男は感情の読み取れないカオで小さく微笑む。
トン。最後に一度、本の表紙を軽く叩いた。
「ダリィ。先帰るわ」
和気あいあいとした昼食の空気を一瞬にして張り詰めたものにしたのは夾の一言だった。
依鈴だけが二階の一室に閉じこもっている事以外は気がかりな事は無かった。
……いや、そう思い込もうとしていただけで、ひまりは些か気がかりな事があった。
―――キョーったら何してたのー?ニンジンしか切ってないし、ホント何してたのー
―――うっせークソガキ。さっさと手伝え。
―――私も手伝うよー。何すればいい?
―――……いや、いい。
ひまりにだけ聞こえる程の小さな声だった。
聞き間違いだと思い、えっ?と自然に出た声と共に顔をあげて心臓が潰されそうになる。
目線はこちらに向いていた。存在は認識されている。きっと自然とでた疑問の声も。
だが視線は合わず、足元に向けていた目をフイと動かして何事も無かったかのように紅葉達と会話を始めたのだ。
紅葉達と話す彼の姿がいつも通りの自然なもので、引っ掛かった物を飲み下して気のせいだと結論付けた。
「急に、なんで」
ひまりが動揺の色を見せる隣で、とりさんのお迎えは夕方だけどどうやって帰るつもりぃ、と紫呉が張り詰めた空気には似合わぬ軽い口調で問う。
ンなもんバスと電車で何とでもなんだろ。夾はリビングの端に纏めていた鞄を一つ取り、肩に引っ提げた。
「夾!!ま、待って」
その背を追いかけたひまりが夾の手を掴んで止める。
何か怒ってる?そう問う前に、繋がれた手は振り払われてしまった。