第11章 徒桜
ノックも無しに静かに開かれた扉。
ほぼ確定した訪問者に椅子に預ける背を向けたまま僅かに口角が上がった。退屈しなくて済みそうだ。読みかけの本に目を落としたまま紫呉は口を開く。
「どうしたんだい」
扉には目を向けてやらない。こういう所がいい性格をしていると言われる所以だが、まぁ癖の物だ。
夾だった場合、用事があれば扉の外から声を掛け、何かを咎めるつもりなら壁の木材が軋むほどに乱暴に扉を蹴り開けられていただろう。
ひまりや由希、その辺りなら扉を叩いて伺いを立ててくる。紅葉や潑春も、だ。
「ひまりと何かあった?僕が慰めてあげよっか」
揶揄するように煽る言葉に、簡単に乗っかってくる少女はやはりまだまだ青い。
苛立ちを床に叩きつける足音が数回聞こえてきたかと思えば、肩口辺りを引っ張られ無理やり振り向かされた先に見えるは鋭く細められた真っ黒の双眸。
紫呉の手から落ちたくたびれた本が、物語を隠すように開いたまま床に伏せていた。
ヂヂヂ。引き掴まれた着物の衿が悲鳴を上げる。
そんなことはお構いなしだと、依鈴は紫呉を睨みつけていた。
「戯言はいい。知ってること全部教えろ」
「知ってること……と、言いますと?」
「ひまりの呪い、解けたんじゃないのか。幽閉は無くなったんじゃないのか」
彼女の言う言葉に片眉を上げ目を眇めるという疑問の表情をしたが、依鈴には煽る時のソレに見えたのか、奥歯をギチリと鳴らして更に襟首を引き上げた。
軽く絞まり始める首元に、紫呉は「いやいや落ち着いてよリンちゃん」と依鈴の手をトントンと叩いた。
僅かに緩んだ力に軽く咳き込みながら、仁王立ちする彼女を見上げる。
「悪いけど、リンちゃんが聞きたい事。僕にはさっぱりなんだけど。ひまりの呪いは解けたし、猫憑きの離れも壊されたでしょ」
降参の意志表示の時のように両手を顔の横で広げる。リンちゃんが聞きたいことって何なんです? 問うが依鈴は押し黙っていた。
唇を噛み締め、襟元から放した手で拳を作っている。
……ぁあ、なるほど。紫呉は彼女の内側を見透かすように瞳を細めた。
「逃げないでちゃんと言葉にしないと分からないよ?ひまりは未だに慊人さんに縛られたままなのか。って」
表情を無にした紫呉。
依鈴はピクリと肩を跳ねさせ、顔を強張らせてた。