第11章 徒桜
風に乗って聞こえてきた紅葉の歌声。とても楽し気なその声に口角が緩む。緩んだままの口元で言葉を続ける。
「恋ってものをちゃんと分かってなかったの。夾に対して抱いているものは、そういう好きじゃない。だからリン。不安にならないで」
ひまりは自身が描かれたスケッチブックを覗き込む。幾重もの繊細な線で描きあげられた作品。
風に靡く髪までもが丁寧に写生された絵は、今にも瞬きをし始めそうな程のリアルさだった。
「凄い。リン、絵で食べていけそうだね」
ふふっとひまりは笑うが、依鈴は返事を返すことは無かった。
「ひまりーっ。お菓子いっぱい買ってきたよーっ」
「ジュースも、買った」
飲み物やお菓子がはち切れんばかりに詰められた買い物袋を持ったの由希、潑春、紅葉の姿に、ひまりは満面の笑みを瞬時に作って駆け寄る。
「買い出し任せてごめんね、おかえり」
「ただいまひまり。リンの絵は完成したの?」
由希に問われたひまりは、嬉々とした表情でその仕上がりを由希達にも見て貰おうと振り返る。が、ウッドデッキに彼女の姿は無い。
先の折れた鉛筆だけが、ポツンと机の上に残されているだけだ。
「あれ……」
やはり不安にさせてしまっただろうか。笑顔を消したひまりが、先ほどまで依鈴が座っていたその場所を眺める。
「あれ?リンは?」
「ボク達に描いた絵見られるの嫌だったんじゃないー?」
「あはは、かもしれないね」
ひまりは紅葉の言葉に合わせて、胸の痛みを隠して苦笑した。
依鈴の性格から、対して珍しくもない彼女の行動に疑問符を浮かべる者はいない。
「夾、ちゃんと作ってるかな。カレー」
「キョーはユキと違ってリョーリジョーズだから心配ないよー」
「紅葉は一言余計。でも、それにしては香りが何も漂ってこないけど……」
去年の夏に行った別荘のような海は無いが、大きな湖が存在感を主張する、草摩が所有している二階建てのコテージ。
五月の暖かい陽を反射させる湖が嫌に輝いて見えた。
「ひまり!キョーが全然カレー作ってなーい!」
ハッとしてコテージの中に入っていった彼等の後を追いかける。
背丈が変わらなくなった四人の姿がまるでフィルム越しに見る世界のようで、喉の奥がキュッと狭まった。