第11章 徒桜
勘違いな訳が無い。ひまりに想いをを寄せているからこそ分かる。間違うはずがない。
ひまりは夾に、自分が抱く感情と同じ物を抱いていた筈だ。
彼の呪いが解けてないとはいえ、幽閉という一番の隔たりは無くなった。
猫憑きの離れが取り壊される。ひまりも夾も幽閉という運命から解放されたのだ。
十二支の呪いも解け始めていて、きっと近いうちに全員が解放されるのだろう。
「好きなんでしょ」
空気を切り裂くような言葉に、ひまりの肩が小さく跳ねる。
「もう何も……踏み止まるものなんて、ないだろ。猫憑きの離れは壊されて、ひまりもアイツももう、自由、でしょ」
報われない恋でいいと思ってた。ひまりに初めて淡い感情を抱いた瞬間から、思い続けるだけでいいと思っていた。
あの子の全てを知って、全てを受け入れて、守って。それでいて幸せになってくれるなら、相手が誰だろうと構わないと思っていた。
でも、少女が恋した相手は猫憑き。未来が閉ざされた相手。
例え少女が幽閉を免れたとしても、物の怪憑きの歴史から見れば猫憑きの幽閉を免れることはゼロに等しい。
光の無い未来に向かおうとするひまりを、みすみす見逃してやるつもりなど無かった。
だが、それが覆ったのだ。奇跡が起きたに等しいことが起こった。
本人たちにとっても踏み止まる要素はもう、何もない筈だ。
依鈴は少女の横顔を映す視界を細く狭めた。
何故その瞳に、影を纏っているのか。
薄く開いたひまりの唇が、一度躊躇したように閉じてから言葉を紡ぐ。
「好きじゃないよ。そういう、好きじゃない」
「なん……で。ひまり、だってあの時」
「恋じゃない」
乾いた色の無い声だった。次に言葉を紡がせないような、温度の無い声。
まだ自由じゃないのか。依鈴は脳に過った可能性に指が震えて鉛筆を手放す。
スケッチブックの上を転がった鉛筆がウッドデッキに叩きつけられる。黒い芯は鋭利さを失っていた。
立ち上がったひまりが欠けた鉛筆を拾う。「折れちゃったね」酷く不安げに瞳を揺らす依鈴に、その理由を察して困ったように微笑んだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと呪いも解けたし、猫憑きの離れももう無くなる。あの離れに幽閉されることはもう無いんだよ。夾も……私も。ただね」