第11章 徒桜
ひまりはくすぐったそうに肩を竦めて、そのまま髪を通りって行った指を目で追いかけた。
名残惜しそうに色素の薄い髪から手を離してギュッと握りこぶしを作った彼に、どことなく違和感を覚えて見上げる。
僅かに熱を帯び意を決したような瞳が、ひまりの目を捉えていた。
表情が固まる。彼が言わんとしていることが、手に取るように分かったからだ。
駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。
慊人が本当の意味で解放されないと、夾は一生縛り付けられたままになる。
慊人に自ら檻の中から出て貰うためには、聞けない。
「聞いて欲しい、ことがある」
夾は瞳を歪に歪めて、不安げな声で。それでも丁寧に言葉を紡ぎ出す。
迷いで、ひまりの瞳が揺れる。声が出せない。
「お前は、俺とは別の感情……なのかもしれねぇ、けど」
駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。
脳が叫び続ける。なのに動けない。熱を帯びた本心が邪魔をして、言葉の続きを待とうとする。
もう、このまま流されてしまおうか。そう思った瞬間に慊人の顔が脳内にチラつく。
―――禁忌の牢。
「けど聞いて欲しい。聞いてくれるだけで、いいから」
スッと心の内が冷えた気がした。溢れ始めた感情を丁寧に小さな箱の中に詰め込んでいく。
最期はギュッと無理やり詰め込んで、力を抜いてしまえば簡単に開いてしまう蓋の上に蹲るようにして座るのだ。
「俺、お前が」「待って夾」
タイミングの悪いひまりの声に、夾は無駄に空気を飲み込んで数回瞬きを繰り返す。
静止させられたことに不安と戸惑いが色濃く滲む夾の瞳。
そこに映るのは、どこか焦ったように足元のシロツメクサを見つめるひまりの姿だった。
自身の左耳を手で覆うように掴みながらしゃがみ、わさわさとシロツメクサをかき分けながら、眉尻を下げて夾を見上げた。
「ごめん。ピアス……この辺に落っことしちゃったみたい……」
夾は緊張で強張っていた筋肉を脱力させ、行儀悪くしゃがんだ。
想いを伝える前に振られるのかと一瞬頭を過った。そうでは無かったことへの安堵感と、彼女の身に何かあったのかとゾワリと背筋を這ったものが取り越し苦労だったことに、飲み込んでいた空気を全て吐き出した。
その様子を、怒ってる。と勘違いして落ち込むひまりに苦笑する。