第11章 徒桜
視界が広がった気がして、見えるもの全てが明るく透き通って見える。
吸い込む空気は軽くて、心も体も全てが軽くて。
まだ物の怪憑きから解放された訳でもないのに、澄んだ水で全てを綺麗に洗い流してもらったような。そんな気分だった。
「明るいんだ。何もかもが明るく見える。だから、今……見たいんだ。お前が見たいって言った景色を。今、見たい。一緒に」
語尾が震えていた。ひまりは釣られてツンと痛む鼻を抑えて息を止める。
目元が腫れてしまっては、見たい景色も見えなくなってしまう。
服の袖で目元を覆う。これ以上涙腺がふやけないように、強めに圧迫した。
「顔、隠してくから……このまま連れてって」
「……了解。……桜はほぼ散っちまってっからちょっと見劣るけ」
「待って。言わないで。楽しみに、したい」
言葉を制したひまりに、夾は困ったように人差し指で頬を掻く。
「多分、期待、する程のもんじゃねぇよ……」
そう言って伺うようにひまりを見やれば、彼女は目元を隠したまま「いいの。何も言わずに連れてって」と強めに返してくる。
渋々、了解。と答えた夾は、繋いだ手をしっかりと握りしめて歩みを進めた。
やっぱり軽い。踏み出す足も、肺に広がる空気も。
浮いた気持ちが口元を緩ませる。
生きてきた中で一番穏やかな気持ちだった。
どんな顔をするだろうか。喜んでくれるだろうか。
浮いた脳が考えるのは、そんな事ばかりであった。
何度か躓いて、大きな手を頼りに歩みを進めて。
僅かに開けた隙間から、地と自身の足元だけは見えるがあとは暗闇だった。
「あのお姉ちゃんお目目隠してるー」なんて小さな子どもの声も聞こえたが、未だに涙腺が緩む真っ赤な目元を晒すよりかはマシだと思った。
目を隠す女の手を引く夾が、その言葉を投げかけられてどんな顔をしたのかと想像する。
きっと、ムッと口を閉じて恥ずかし気に眉を顰めて、明後日の方向に視線を向けていたに違いない。
ひまりは前を歩く彼に聞こえないようにふふっと笑った。
見えない状況でも恐れを抱かずに歩みを進められるのは、きっと手を繋いでいるのが夾だからだ。
段差の場所では、丁寧に声をかけて手を引いてくれて、そこから更に歩みを進めれば今度はしゃがんで進め、と指示を受ける。