第11章 徒桜
「ゆう……」
話そうとして、顔を歪めて止まる。
ツンと鼻の奥が痛くなって、喉につっかえた言葉を飲んだ。
鼻から軽くなった空気を吸い上げて、口から震える空気を吐き出す。
ひまりは情けない顔を引っ提げたまま、彼の言葉をただ静かに待っていた。
夾は地を見つめて、一度下唇を噛んだ。
もう大丈夫。耐えながら心の中で呟いて、溢れだしそうなものを落ち着かせてひまりに向き直った。
だが、彼女の顔を見た瞬間。またツンと痛みだす。
あの離れが取壊される。
幽閉を免れたのだ。自分自身だけじゃない。
情けなく眉尻を下げたままこちらを見つめるひまりもだ。
未だに猫憑きの呪いは解けていないけれど、それでも。
未来がある。
同じ未来を見ることが出来る。
「幽閉……されない。離れが、壊されて、もう俺は……」
言葉が続かなかった。
息を止めなければ、涙が溢れて止まらなくなりそうで。
拙い言葉でも、その意味を理解したひまり。玉のような瞳を目一杯広げて、やがて涙を溜めていった。
歯噛みして、唇を震わせる夾の両頬をそっと優しく手で包み込む。
震える小さな手から伸びる細い両手首を、夾はロクな力加減も出来ぬままに、縋るように握りしめた。
良かった。……良かった。少女は反芻するように同じ言葉を何度もつぶやきながら、瞳を穏やかに細めると途端にあふれ出して止まらない涙。
嗚咽まで漏らし始める始末。
その姿があまりにも意気地がなくて、素直過ぎて、夾は自身が堪えていたことが馬鹿らしくなって思わず苦笑した。
代わりに泣くひまりのお陰で、乾いた瞳を細めて両手で雑に頭を撫でる。
嗚咽を漏らしながらも、髪が乱れぬよう抵抗する小さな手を握って踵を返した。
ひまりはバランスを崩しながらも、繋がれた手を頼りに彼の背を見つめて歩き始める。
いつもよりもシャンと伸びた背。それを見て、また溢れる涙を服の袖で必死に拭う。
「ねぇどこ……、行くの」
「見てぇんだろ。綺麗な景色」
歪む。視界に映る彼の背が。
ふ、と声が漏れて、今度は強めに目元を擦った。ヒリと瞼が痛んで、肩越しに振り返る夾が怪訝な顔寄越していた。
「泣きすぎ。あと擦んな。腫れる」
「うるさい。何で、今日行くのよ……こんな顔なの、に」
「明るいから」
夾は立ち止まって、空を見上げた。