第11章 徒桜
―――…由希に勝てたら幽閉部屋…猫憑きの離れを壊すと約束してあげる。ほら、これで欠陥品のことも安心だろ?
慊人に言われた言葉を忘れたことは無い。一度も。
猫憑きと同じ運命を背負うひまりを、その運命から救ってやれる方法を提示されたのだ。
だが、無理だった。圧倒的な力の差だった。
猫は鼠に勝てない。絶対に。
勝てなかったのだ。ただの一度も。
賭けに勝つ条件は満たしていない。
「お前だって分かってんだろ。俺は、……アイツに勝ってない。まだ賭けは」
「勝ったんだよ。夾。お前は勝ったんだよ」
夾は瞠目して、は、と吐息と共に声を出す。
慊人は血の気の無い薄い唇で緩やかな弧を描いて、もう一度「お前の勝ちだよ」と諭すように儚い声を出した。
「意味……わかんねぇ……」
どこか違和感のある慊人の笑みに、信用するなと脳内が警鐘を鳴らしていた。
一歩足を引いて、睨みつける。ふふっ、と小さく笑った慊人に不信感が拭い切れない。
「僕はね、感動したんだよ。だって、猫が鼠に勝てたんだから……」
纏わりつくような声で再度笑った。
その笑みから逃げ出したい衝動に駆られたのを、更に一歩足を引くだけに何とか留める。
気でも狂ったんだろうか。本気でそう思った。
「ねぇ、お前は知ってる?ひまりはさ。お前を選んだんだよ。お前の事が好きなんだって。由希じゃなくて、お前を選んだ。……どう考えてもお前の勝ちだと思わない?」
何を知ってる…?そう問いかけようとして唇が震えた。
冷えた熱が戻ってくる。感情のままに着物の襟もとを両手で掴み上げた。
簡単に持ち上がる細い体を無遠慮に引き寄せる。
「お前…ッ、お前それを知って……だからひまりの首、絞めたのかよ!?殺そうとしたのかよ!?」
「ねぇ、落ち着きなよ。僕に手出ししない方がいいんじゃない」
慊人がまた薄く嗤う。
「僕以外の古参達は反対してるんだよ。猫憑きを野放しにすることを。古くからのしきたりを変えるべきじゃない、ってね。皆、お前を幽閉したがってるんだ。今、僕にもしものことがあったら……どうなるかくらい、馬鹿なお前にだって分かるだろう?」
夾は僅かに沈黙して、舌打ちを吐く。慊人から離した拳の中に、やり場のない怒りを握りこんだ。
慊人は乱れた襟元を整えながら、また、力無く机に突っ伏した。