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ALIVE【果物籠】

第11章 徒桜


だが、これ程までに彼が煙草の匂いをさせているのは初めてだった。むしろ、普段の彼からは非喫煙者だと聞かされた所で何の疑いも持たない程にその匂いを纏っていない。
寝巻に染みつく程の喫煙量。短時間でどれだけ吸ったのか。

ひまりは取り出した煙草の箱を奪い取ろうとしたが、それよりも先に中身が空だったことに気付いたはとりが、舌打ちと共にくしゃりとそれを握り潰し、再度ポケットへと押し込めた。

空振りした手を力無く握りながら、ひまりは、あれ。と首を傾げる。

慊人との一件の後。はとりの診察室に連れて行かれたひまりは軽い診察を受けてから、有無をいう暇もなくその場のベッドに寝かされた。
由希の事も心配だから帰りたいと訴えてはみたものの、聞き入れてくれる筈も無く、不機嫌な表情を張り付けたままのはとりに「寝てろ」の一言以外は無言を貫かれたのだ。

自身の記憶が正しければ、眠りにつく直前。はとりは引き出しから取り出した真新しい煙草の箱を開けていた。
時間は確か……十八時十八分であった。
これもまた、同じ数字が並んでいたのでよく覚えている。
あれから半日も経っていない。喫煙者の喫煙量など想像もつかないが、これは吸い過ぎ、になるんではないだろうか。

煙草が無かったことも相まってか、不機嫌なオーラが全身から滲み出る彼の顔を覗き込んだ。


「煙草吸い過ぎ。肺、患うよ」


怪訝な顔をしてみせる。はとりは面食らったように、見える片目を見開き、何故かくっと喉を鳴らして口元を手の甲で隠したのだった。
ここ笑うとこなの。数回の瞬きを繰り返すひまりの頭にポンと手を置き、「いや、人の事言えた義理じゃないなと思ってな」と穏やかに微笑んだ。
返された言葉の意味が理解できず、疑問符を浮かべたままのひまりに説明してやるつもりは無いらしい。
緩んだ口元を引き締め、また不機嫌な顔を貼り付けた。


「寝てろと言っただろう」

「外の空気吸いたくて」

「勝手に出歩くな」


あんな時間からずっと寝てらんない。肩を竦めるひまりにわざとらしくため息を吐いた。
まぁ、眠れないか。ぽつりと呟くはとりから、空へと視線を移したひまりの目には、一瞬だけ光った星の光は届かなかった。
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