第11章 徒桜
あの亡骸の主は、許され難い所業の末に、あのような形で命を奪われた訳ではない。
何の前触れもなく、強大な理不尽とやらに一瞬で奪われたのだ。
どう足掻いたって、奪われるときは奪われる。
産まれ落ちた環境、不慮の事故、天災。足掻いても避けられない事なんて山ほどある。
喚こうが、神に祈ろうが、無情にもその現実を突き付けてくる。あるんだ、世界にとってはちっぽけな理不尽が。
腹の底に潜む、焼き切れそうな熱を思い出す。
「それでも、譲れない」
その理不尽を黙って見届けてやる程大人じゃない。なんせ十数年しか生きていない、衝動に身を任せるガキだから。
無様に足掻くだけの、所詮はただのガキ。
じゃぁどうする。知るかそんなもの。譲れない。何を差し置いたって譲ってはやれない。鈍く光るグレーの双眼を鋭く細めた。
一時一分。ベッドから起き上がり、近くに置いてあっデジタル時計が差していた時間だ。同じ数字が並んでいたから、脳裏に焼き付いていた。
外の空気が吸いたい。誰もいない診察室のベッドから起き上がり、極力足音を立てぬように外を目指した。
空は、星ひとつ見当たらない黒だった。浮かぶ月の周りだけがボウッと青白い円を描いていて、あとは不安を煽るような深い闇が広がっている。
縁側に腰掛け、違和感の残る首を無理やり伸ばして闇を見上げる。星を探してみるが、やはり何処にも見当たらない。
すると、冷えた夜風が紫煙の香りを連れてきた。
ふ、と視線を向ければ怪訝な顔つきで瞳を細めるはとりが、緩めの衣服を身にまとって隣に立っている。
抜け出したのバレたか。ひまりは取り繕うように笑ってみせたが、薄闇に浮かぶ彼の表情が変わらぬことに取り繕うことを辞めた。
「はとり、煙草の匂い凄いよ」
「……誰のせいだと思ってる」
呆れと皮肉乗せて言うはとりが、ひまりの隣に腰掛けた。
手慣れた手つきで自身の胸辺りを探るが、身にまとったスウェットには、内ポケットは存在しない。あぁ、と思い出したような声を上げ、手はするりと下に降りていく。
普段はそのポケットを使う事がないのか、不慣れな手つきでズボンに突っ込んでいた煙草の箱と携帯灰皿、そしてマッチ箱を取り出した。
今度はひまりが怪訝な顔をしてみせる。
はとりが喫煙者なのは前々から知っていた。その姿も何度も見たことがある。