第11章 徒桜
珍しく、弱った姿を隠さぬ姿に、そういえば今日慊人に話をしに行くと言っていたな。と昼間の記憶を手繰り寄せる。
そこから察するに慊人に何かされただろうか。そんな予想を立てつつ、問いただしたくなる衝動を抑えて弱った彼を自室へと招き入れた。
ソファに座った由希は、背凭れに全身を預け、片手で双眼ごと顔半分を覆いながら天を仰いでいた。
ベットに腰掛けた潑春は、慊人にどこか痛めつけられた所はないか、と崩れた体勢の上から下まで視線を動かす。
だが、傷や痣らしきものは、どこにも見受けられない。
無理やり聞くという選択肢もあったが、自らここに出向いたのは由希。落ち着けば話すだろう。潑春は待つことを決めて、机にあるポータブルゲームを手に取った。
部屋には暫くゲーム音と、そのボタンを押す音のみが占領していたが、暫くして息を吸い込む音が混ざった。
潑春は電源ボタンに人差し指を添えて、その音を放った主に視線をやる。
由希が仰け反らせていた体を、起こし始めたのを確認して、人差し指に力を込めた。
ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎ始める。
その話は、放課後、学校を出た所から始まった。
由希は、やはりひまりに遅くなると伝えずに慊人の所へ行くのは心配を掛けてしまうからと、一度帰宅した。
そこにはひまりの姿が無くて、紫呉に問いただそうとした所で電話が鳴る。紅野からだった。
電話に出たのは紫呉。切羽詰まったような声は、受話器を耳に当てていない由希にも届いていたが、内容まではしっかりと聞き取れない。
そう、分かった。言って受話器を置いた紫呉に問う。
ひまりが本家にいる。といつもの余裕のある表情を歪めた紫呉の言葉に、由希は瞠目し、言葉を失った。
今の慊人さんは、ちょっとマズいよねぇ。特にひまりは。
紫呉が呟き、急いで向かった本家。そして慊人の部屋での惨劇。
聞いていた潑春は、音が漏れる程に歯噛みをして、瞳は温度を失っていた。
まだ終わっていない話を聞き終えるまでは耐えるつもりのようで、組んだ手はそれぞれの手の甲に短い爪が食い込んでいる。
「俺、本当に殺して……やろうと思ったんだ」
「逆に何でしなかった?先生ひとりくらい、由希ならどうにでも出来たろーが」
「……ッ」
唇を噛み締めて言葉を押し殺した由希に、潑春は「ア?」と冷えた視線を送った。