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ALIVE【果物籠】

第11章 徒桜


慌ただしく駆け回る女中と何度すれ違っただろう。
いつもは静観としている屋敷内は、普段ならバタバタと走る者は誰もいない。
子どもであっても、軋みの多い廊下を音を立てずに歩きなさいと教えられるのだ。
それが今日……詳細に言えば一時間程前から、音がどうだとかを気にする人間は一人もいなくなった。

いつもなら由希の姿を見つければ低い腰で挨拶をしてくる女中も、遠慮がちに頭を下げて通り過ぎるだけ。
正直、その方が由希にとっても気楽ではあるが、あんなことがあった後では気楽等という言葉が浮かぶ筈も無かった。

殺してやろうかと、思った。

初めて抱いたその衝動に、指先は未だに震えている。
冷えた手で双眼ごと顔半分を覆った。廊下のど真ん中で崩れ落ちてしまいたかったが、戻ってきていた理性でそれに耐えて、また歩き出す。

ひまりが縛られている。その現実からも目を背けたかった。だから、殺したかった。神様の存在を消してしまえば、解放されるんじゃないかと、正直頭をよぎったから。
焼き切れそうな熱に犯された。倫理観を無視した思考が暴れ回った。


「……変わらない、俺も。慊人と」


乾いた笑いを漏らして空を見上げる。ぼやけた光を纏った月が顔を出していた。希望を映すには、まだまだ弱い光。それでも、しかと闇を照らしている。

歩いた。軋む廊下の音を気にも止めず、だただた進んだ先は、帰路では無かった。





夕食後。自室のソファーに腰掛け、ポータブルゲームを手に取った時。
ノック音が響いた。この時間に予定の無い訪問者は珍しい。潑春は手に取ったばかりのポータブルゲーム機を机の上に置き、扉を開けた。
ドアの前に立つ想定外の訪問者に、潑春は抜けたような表情で数回瞬きを繰り返し、次に感じた違和感に、金色を主とした暗く落ち着きのある双眼を細めた。

いつもの綺麗な顔立ちを台無しにする程の、酷く疲れたような顔で立つ由希の姿。様子がおかしい。読み取れた表情に今度は眉を顰める。


「……どうしたの、由希」


返答は無い。その代わりに、重そうな足で床を踏みしめて歩み寄ってくる。そして潑春の肩に額を預けた。

疲れた。僅かに呟いた声は確かに潑春の耳に届いていた。

肩にもたれ掛かる寸前。横顔に漂わせていた悲痛感に、訳は分からずとも、とりあえずその後頭部をポンポンと撫でてやった。
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