第11章 徒桜
こういうことか。
焼き切れそうな熱に浸食される。脳の中の糸が切れていく音が鮮明に聞こえて、おかしくなりそうだった。
腹の底に潜む何かが、その熱さに耐えかねて皮膚を蹴破ろうとその時を待っている。
だから潑春は敢えて"保険"をかけていたんだ。この熱を、きっと潑春は知っていたから。
事切れた雀の体を揺する、一羽の雀の映像が浮かぶ。
あぁ……本当に、焼き切れそうだ。顔が、心臓が、指先までもが熱い。
ある程度呼吸が落ち着いたひまりが小さな咳を零し、由希に預けていた身を起こした。
ぼーっとする頭を僅かに振って、礼を述べようとして瞠った。いつもは穏やかな由希の瞳が首元の痣を見つめて血走っている。
由希。名を呼んでも、反応は無かった。ひまりの肩を抱いていた手を離し、真っ黒な靄に包まれた体で立ち上がる。
由希の服の裾を留まらせるように掴みながら、ひまりは蹲る慊人に視線をやった。
「……慊人、君がやったの。ひまりのあれ」
譫言を呟き続ける慊人の前に立った紫呉は、声音に軽蔑の色を乗せて問うた。
自分の体を抱いて蹲る慊人には聞こえていないようだったが、紫呉は続ける。
「どこまで堕ちるつもりだい。勘違いを続けるつもりだい。もうさ、さっさとさ」
解放してくれない?途中で言い淀んだ。背にぞわりと這った物の正体を確認すべく振り返る。
立ち上がったひとつの影。揺れる体に遅れて、銀色の髪がついていく。そんな彼の服の裾をひまりが座ったまま必死に掴んで止めていた。
由希、由希、と何度も名を呼んでいるようだったが、どうやら届いていない。
やばい。紫呉はその姿を見て自身のこめかみに雫が垂れるのを感じつつ、その異様さに慊人を隠すように立ちはだかる。
由希君。そう声をかけてもやはり届いていない。最善の策をすぐさま脳内で練るようにダークグレーの瞳を歪に細めた。
荒れ始める由希の呼吸音に、焦りでなかなか頭が回らない。こめかみから流れた雫は、首筋を伝い始めている。
その異様な空気中に響くは慊人の譫言と、ひまりが由希にかけ続ける声のみであった。
届かない。届けられない。慊人にも、由希にも。
固く握りしめていた服の裾を離す。
どうしようもない。私には。
ゆらりゆらりと、嫌にゆっくりと銀の束が揺れていた。