第11章 徒桜
笑ったように瞳を細めたひまりに、慊人はハッと目を見開く。
今まで向けられた事のないような暖かな瞳に、無意識に絞めつけていた手を離していた。
衝動的に起こした行為に、手の平を見つめて、次に赤く変色したひまりの首を見て瞳が揺れる。
自身の震える体を掻き抱いて、馬乗りになっていたひまりの体から飛び退いた。
ゴホッゴホッと咳き込むひまりの姿に、僅かな安堵感はあったものの、自分が何をしようとしていたのかを理解して、瞠目したまま首を左右に振る。
力が入らない足腰を引き摺りながら、呼吸が不安定なひまりからゆっくり離れていく。
まるで操られているかのように首はずっと左右に振られていた。
「ちが、ちがう。違う僕のせいじゃない。違う……」
「は…ッ、あき、……ゴホッ、あ……」
耳を塞いで首を振り続ける慊人が呟き続ける否定の言葉と、体が緊急事態だとでも言うかのように起こるひまりの喘鳴だけが部屋に響いていた。
どのくらい首を振りながら呟き続け、どのくらい不安定な呼吸の中、体を動かそうと藻掻いていただろうか。
揃わない小走りの音が聞こえ、乱暴に開かれたドアの音と共に部屋の中に光が差す。
由希と紫呉、そして紅野は部屋の中の光景に絶句し吐息すらも出なかった。
怯えたように部屋の隅で蹲り、譫言を漏らし続ける慊人と、倒れていたひまりは首元が赤黒く変色していて喘鳴だけを漏らしていた。
「……っ、すぐにはーさん呼んできてッ、早く!!!」
「ひまり!?」
まず行動を起こしたのは紫呉。紅野は紫呉の声に肩を跳ねさせた後、すぐに踵を返して走り去って行った。
由希も紫呉の声に我に返ると、ひまりの元へと駆け付けた。
途中、荒れた部屋の物に足をつまづかせながらも、何とか辿り着いた彼女の上半身を起こして抱き寄せる。
しっかりと指の跡が付いた細い首。
脳が焼けるように熱かった。上がる心拍はその熱を逃がすように全身を駆け巡るが、焼け切れそうな熱は発散されない。
思い出す。潑春と見た、事切れた雀の姿を。
そして理解する。潑春が事切れた雀に添えたシロツメクサの意味を。
―――裏花言葉は"復讐"
潑春はその意味を敢えて伝えた。"もしも"の時には、その衝動を止めて欲しいと遠回しに言っていたのかもしれない。