第11章 徒桜
母が泣いている。
誕生日の日だった。何がそんなに悲しいのか、心底辛そうに泣いていた。
毎年、毎年。
思い出したのは、辛そうに顔を歪めて泣く、母の顔。
忘れていた母の顔を思い出したのに、それは泣いてる顔だった。
―――……うま…なきゃ…よかった…
あぁ、そうだ。そう言われた時も、同じ顔をしていた。
あぁ、そうか。……そうか。
後悔、してたんだ。いつも。
「お前が殺した。お前が母親の未来を奪った。お前さえいなきゃ生きてたんだよ。母親は最期の時に、後悔しただろうね」
思い出す。うだるような暑さに、頭上から降り注ぐ蝉時雨。
最期に聞かされた言葉に、悲痛な叫びをあげながら、筋肉が弛緩して重くなった亡骸を何度も揺すった。
その重みと、緩んだ体の生々しい感触が蘇る。
「あ……」
「そんな人殺しのお前を、唯一愛してやれるのが僕なんだよ。全部受け入れてあげる」
細く冷たい体でひまりを抱き寄せようと肩に手を置く慊人だったが、このまま彼女を堕とすことは叶わなかった。
それじゃ終わらない。耳朶に響いた細切れの声と共に、彼女の体が離れていったからだった。
苦痛を隠すように作った表情で、それでも瞳の奥に宿す核の部分は変わらない。
不安定なのに、芯がある。そんな歪なカオをしていた。
うだるような暑さを思い出す。
確かにそうだ。慊人の言う通りだったのかもしれない。
不幸にした。父親も、母親も、私が不幸にした。
きっと私が産まれ落ちずに死んでいれば、きっと笑っていた。今も、二人で。
不必要だったのだ。草摩ひまりという存在は。
それでも
―――いいんだよ、汚くても醜くても…ひまりならきっと、ちゃんとそれを糧に立ち上がれるから
それでも
―――毎日どんだけお前は名前呼ばれてんだよ?それだけでお前の価値だろうが
"草摩ひまり"の価値を見出してくれる人がいるから。
―――遅すぎる事なんてないんだよ。死ぬ以外には。
今確かに、地に足をついて、生きているから。
生きているのは"私"だから。
「終わらない。呪いも、慊人の苦しみも、このままじゃ終わらない」
諦めない。全てを。
慊人のことも、夾のことも。
勿論自己犠牲なんてものを、するつもりもない。
迷いも罪悪感も、苦痛も消えないけれど、譲れないものだけはブレない。