第11章 徒桜
今まで築き上げてきた"生き方"が間違っている訳がない。
正しいと言って。間違ってないよ、と。紅野のように認めて、咎めないで。
そうじゃないと、不安が、憎しみが黒く染み渡って、深く根を張っていく。
「僕は正しいんだ。間違いなんか犯さない」
そう、間違う筈が無い。十二支を統べる神として産まれ、生きてきた。この二十年。何も、間違ってない。
「お前が逃げ出せば夾はすぐに幽閉だ。猫憑きの離れを取り壊したって、禁忌の牢があるからね」
黒い靄が集まって、堅い鎧のように全身を蝕んでいく。
間違ってない。だが苦痛で心が引き裂かれていくようで、慊人は表情を歪ませた。
無意識に着物の衿を握りしめている手は震えている。
「どうせあの化け物は僕に逆らえない。お前は負ける。全てを無くして僕だけを」
「慊人は」
脳内に直接響くようなひまりの声に、は、と喉が震えた。その芽生えたものを無理やり腹の底に押し込めて睥睨する。
「見逃してほしいの。それとも、見咎めてほしいの」
堅い鎧を物ともせずに、突き刺さるような言葉だった。
割れて、軽くなって。霧が晴れていくようで、手を伸ばしそうになる。
違う間違ってない。
歯噛みして、ぐっと、拳を握りしめてそれに耐えた。
間違っているのは僕じゃない。草摩の当主として、十二支を統べる神として、"僕"としての軌跡を間違いになんてさせない。
また靄が濃く濁っていく。苦痛にも気付かぬ程に堅く、分厚く、纏っていく。
そして、乾いた笑いを見せた。
目の前の存在に、何が間違いで何が正しいのか、教えてやらなきゃならない。
「本当に馬鹿だよね。まるで僕が間違ってるみたいな物言いはやめてくれない。間違いで、不必要なのはお前の存在だろ。忘れたの?父親が壊れたのも、母親が死んだのも全部お前のせいだろう。お前さえ居なきゃ父親も母親も、きっとまだ笑って元気に暮らしていただろうね。その未来を考えたことある?」
僅かに、ひまりの瞳が揺れた。
「可哀想な母親。お前を幽閉から守るために草摩を出て、お前を食わす為に必死で働いたんだろうね。草摩でぬくぬくと暮らしていた人間が、何の能力も持たずに外に出て苦労して……挙句に過労死。ねぇ、この意味が馬鹿なお前に分かるかい」
震えた吐息が漏れたのを、慊人は見逃さなかった。