第11章 徒桜
―――神様を独りにしないで。愛してあげて。どうか、外の世界でもたくさん笑えるように。
元から違うかった。中途半端で宙ぶらりんな欠陥品。
科せられたルールも皆とは違う。
解けてから由希が慊人を見る目と、自分が慊人に向ける目の違いにも気付いていた。涙を流した理由が違うことも。
夾が由希にだけ"何か違う"と言ったことも、引っ掛からなかった訳では無かった。
不思議だった。欠陥品として産まれた意味。存在の理由。
慊人に対する不思議な感情、責任感。
「……何か、知ってるの」
紅野の言葉で何となく察した、己の役割。
やつれた表情を引っ提げている彼は、僅かな動揺を見せる。ひまりから寄越される視線から逃れるよに、睫毛を伏せて傷だらけの拳を握りしめた。
「……知ってる、知ってるよ。だからこそ君をこちら側に戻す訳にはいかないんだ」
「ねぇ、私の役割って」
「ひまりッッ」
勢いよく開かれた扉。紅野はすぐには振り向かなかった。まるで死刑宣告でも受けたかのように蒼くなった顔と唇。息を止めて、ゆっくりと振り返り「慊人」と名を呼んだ言葉尻は僅かに震えていた。
「ひまりッ、ひまりッ、戻って、やっぱり戻ってきてくれた」
「駄目だ慊人、寝てなきゃ……」
更に華奢になった印象を受けるその姿に、ひまりはまた胸が締め付けられた。
傷付けられ続けながらも側にいる紅野。藻掻き苦しみ、それでもなお縛り続けようと足掻く慊人。淀む真っ黒な空気。
悪循環。その言葉がひまりの脳内に浮かんだ。
ひまりに縋ろうと伸ばされる真っ白な細い腕を制する紅野。
「待って紅野。ちゃんと話をさせて」
ひまりの言葉に紅野の肩が揺れる。彼が背を向けているから、その顔は見えなかったがきっとさっきのような蒼い顔をしているのだろう。
彼女の言葉を聞いた慊人は平べったく瞳を細めて、己が傷つけた腕からすり抜けるとひまりの手を取った。
冷えた手に包まれて、ひまりの足は荒れた部屋の中へと進んでいく。
ゆっくりと閉じられる扉。
残された紅野は膝を折り、自身の頬ごと手で掴み、口元を覆う。
腹の底から迫り上がる叫びが漏れてしまわぬように。
苦渋な表情に耐えかねた真新しい頬の傷に、ジワリと赤が滲んでいた。