第11章 徒桜
ざり、ざり―――…。瓦礫を踏み荒らすような、無情な音を響かせながら、ひまりは歩みを進めていた。
数日前、ここで痛々しく蹲っていた姿が脳裏に浮かび、細めた瞳が歪んだ。
グッと胸元に皺を作りながらも、その足取りはしっかりと躊躇なく進められる。
―――行かないでっ、行かないでっ。どこにも行かないでっ。由希、ひまり……お願い、僕の側にいてよ、置いて行かないで、独りにしないで。独りにしないでぇぇええっ
大丈夫。
嫌な音で軋む板廊下。奥の部屋に近づくにつれ、重くなる空気。
どんよりと黒い靄がかかったようなその部屋の前で、ひまりは立ち止まる。
「……慊人」
扉の外から声をかける。暫しの静寂。眠っているのだろうか……
ひまりが扉に手をかけようとした所で、気遣うような静かな足音が中から近づいてきて、扉が開かれた。
暗闇に解けてしまったようなダークブラウンの髪と瞳。袖が捲られた腕には引っ掻き傷や青く変色した痣が無数に居座っている。
ひまりを見つめるやつれた表情は、決して歓迎等していない、歪んだソレだった。
足音から、扉を開けるのは慊人ではないと予想はしていたが、彼の装いにひまりは眉根を寄せた。
「何しに来たんだ。慊人は眠ってるからすぐに帰りなさい」
「それ、慊人が……?」
「もう解けたんだろう。なら駄目だ、ここに来ちゃ」
「慊人がやったの?」
嚙み合わない会話に紅野は更に顔を歪める。
後ろ手に扉を閉め、部屋の外で咎めるようなダークブラウンの瞳が寄越された。
ずっと苦しんでるんだ。慊人は。
扉が閉まる前。紅野の向こうに見えた暗い部屋は、荒れていた。
物が散乱し、壁にはまるで血飛沫のように飛び散った墨汁のような黒い染み。グチャグチャに皺を寄せる布団の真ん中に、倒れこんだように慊人が眠っていた。
紅野の頬にある真新しい頬の傷からも、慊人が先ほどまで暴れていたことが容易に想像出来た。
「ひまり、ちゃんと聞いて。君は、ダメだ。戻って来ては駄目だ。本当に戻れなくなってしまう」
ひまりの両肩を掴み、諭すように悲痛な声でそう言った。
何かを知っているかのような彼の口振りに、ひまりはジッとダークブラウンの瞳の奥を見据える。
不思議だった。呪いが解ける際、自分にだけ聞こえた声。