第11章 徒桜
「無かった。ひまりに、違和感。リンの時にも、紅葉の時にも、アレ?って思ったのに。ただの勘違い、って思うようにしたけど」
由希にはその違和感がある。また確かめるように由希を見つめる。僅かな恐怖感を宿すその瞳に、由希は背筋に氷を落とされたようだった。
紅葉も潑春の言わんとしている事を察して、ひくりと口端を歪ませる。
「待って、待ってよ。ボクがひまりにギューッてしても、変身しなかったよね。じゃぁちゃんと解けてるでしょ。ハルが変に気にしすぎなんじゃ」
由希が震えた拳を握りこんだ。瞑目して、下唇を噛んで、フゥと息を吐き出す。
開けた瞳がかち合ったのを見て、由希が何かを話そうとしている事を察し、不安で言葉を垂れ流し続ける紅葉を、潑春が制した。
「夾もそうだった。アイツ自身は気付いていないみたいだったけど、俺とひまり。二人でその場にいたのに、アイツは俺にだけ言ったんだ。『いつもと違う』って」
あの時は知らぬ振りをした。ぞわりと背筋に何かが這ったのに、知らぬ振りをした。
十二支の呪いが解けたのに、何かに縛られているのなら、それが何かだなんて想像も出来ない。完全なる未知だ。
だから、そうじゃないと心の底から願う。
「俺の、勝手な想像だけど。ひまりは完全に十二支の一員だった訳じゃないだろ。それで……だと思ってたんだけど」
「そうだよ。だって、ひまりもちゃんと解けてたでしょ」
きっと解けて、混乱して、考えすぎちゃってるんだよ。食い気味の紅葉に由希は微笑み返したが、潑春だけは微動だしない。
まぁ、とりあえず早く食べないと。由希が持ってきたお弁当を広げ、紅葉は安心したように途中だった食事を再開し始めた。
しかし、「……何、隠してんの」鋭い眼光が由希を刺す。
微動だにしなかった彼は、ピタリと動きを止めた由希を睨みつけるようにしていた。
やっぱり潑春は敏い。思考を巡らせて、諦めたように力を抜いて、持っていた箸を弁当箱の上に置く。
「ハル、何言って……」
「あるよ。引っ掛かってる、こと。けど、ゴメン。混乱してるのは本当。だから、少し色々と整理出来るまで待ってくれないか。混乱の中で考えすぎただけかもしれない事で、悪戯に不安を煽りたくないんだ」
慊人に対する彼女の異様な雰囲気を、勘違いだと思いたくて。