第11章 徒桜
遅すぎる事なんてないんだよ。死ぬ以外には。
闇の中でも背筋を伸ばし、月明りに顔を向ける花のように凛とした声だった。
―――生きる方がね、特段に勇気がいるよ。生きるには常に"変化"が付き纏うからね。良い意味でも悪い意味でも。人間は変化に恐怖を抱く生き物だから。どんなに嬉しい変化でも、僅かな不安を見出してしまうだろう?それに比べて死は、不変だからね。その先が無い。変わっていた筈の出来事も何も変わらず終わってしまう。
生きているからこそ、遅すぎることは無いのか。
「そうだね、きっと」
まばらに散らばっていた雲が風に引き伸ばされ、真っ青な空をベールで覆ったような筋雲に変わっていた。
変化していく。移り変わっていく。容赦なく。
「ところで、その夾の姿、見ないけど」
「あぁ、夾なら珍しく風邪ひいてダウンしてるよ。部屋で猫になってうんうん唸ってた」
穏やかで、優艶さを見せつつも、時の流れは冷酷無惨だ。
「えー。バカは風邪ひかないってコトワザがあるのにー?」
「いや、ほんと紅葉さぁ純粋そうな顔して真っ黒よね。因みに由希は先輩に呼び出し受けてたよー」
「……ここんとこ、毎日じゃない?」
「ユキ、モッテモテだねー」
「先輩達はもう、卒業だからなぁ」
過ぎていく、容赦なく。残酷さを微塵も見せないで、穏やかに、優艶に。
―――大丈夫。
瞑目して、左耳に手を置く。無機質な感触の四つ葉のクローバーに込めるように祈った。
見開いて、見上げた空はやはり移り変わっている。
大丈夫。心の底で唱えて、「うん」と声に出したひまりに潑春と紅葉が首を傾げる。
「どうしたのー?」
「私、この後の授業抜けるね。急用思い出した」
「は。急用って」
潑春は途中で言葉を切って、あぁ。と何かを察して、気怠げな声をあげる。肩を竦め、ひらひらと手を動かしながらゴロンと白いアスファルトに転がる。
紅葉もその隣で、あぁ、と察して穏やかに細めた瞳で彼女の背に手を振った。
「……ハル、諦めたの?」
「そう、出来たら……」
背を向けたままの潑春の言葉はそこで途切れる。
そっか。紅葉は膝を抱えて、転がる大きな背中に、その大きさと変わらなくなった背を預ける。
その重さに揺れた背。
「あははっ。ボク、おっきくなったでしょー」
「ほんと、おもっ…」