第11章 徒桜
「どっち周りになるかは分からないけど、次が申だったとして、同じ要領で菱形を作って……」
潑春が二回、アスファルトの上にダイヤを描く。みっつの菱形が重なり合い、魔法陣のような図が脳内で描かれた。
「そうすると、丑の俺が解けるのは十一番目。戌の先生は一番最後」
「まぁ、確かに紫呉はまだ解けてないけど……」
その順番にどんな意味があるの。脳内で描く事が余程大変だったのか、眉を顰めたひまりが問う。
紅葉は人差し指を唇に当てて思考を巡らせていた。
「うん、何か、神秘的。ミステリー……」
「まて。やっやこしい話で混乱させて丸投げか。モヤモヤさせたまんまか。私の脳の労力返せ」
まさかの最終モヤモヤ案件だったことに、潑春の頬を思い切りつねるひまり。
「こういうの、考察中が一番楽しいし」と悪びれた様子もなく、いつもの澄まし顔を貫いていた。
「ヒシガタって、心臓を表してるって、ボク何かの本で読んだことあるよ」
紅葉が先ほどの潑春と同じように、白いアスファルトに重なったダイヤを三つ描き始める。
「何かこの形、真ん中にあるダイジナモノをみんなで守ってるみたいだよね」
「みんな……」
ひまりは僅かな吐息を漏らして長い睫毛を伏せる。この図の中に"猫"はいない。それならどうか、守られる存在が彼であるようにと、願わずにはいられなかった。
「キョー……だったら、いいよね」
ひまりの目が見開かれる。
猫憑きの存在。物の怪憑きの中でただひとり、化け物に姿を変え、幽閉という運命を背負った存在。
異性と抱き合うと変身してしまう物の怪憑きの呪いに、誰もが嘆き苦しんだ。
その中で、猫憑きの存在はある意味慰めであった。
慰めであるのと同時に、十二支での不文律。
十二支の仲間に入れないこと、化け物に変身すること、幽閉されることに触れない。
何処か後ろめたさがあって、口には出せなくて。そうやって腫れ物に触れぬように過ごしてきたのだ。
紅葉はその不文律に、亀裂をいれたのだ。
「キョーを慰めの対象にして、何処かで猫憑きだから仕方ないって目を瞑って…そんな風にしちゃダメなんだよ。今更……本当に今更な話だけど、向き合わなきゃダメなんだよ。ボク達は。キョーの事も諦めちゃ、ダメなんだよ」
今更だけど、今だからこそ。ボクは諦めないよ。