第11章 徒桜
何なんだ、このどんでん返しは。少女の口は開いたまま。
顎、外れた?いや、何かパクパクしてるし大丈夫か。潑春は自身の脳内で自己完結させ、最後にひとつ残っていた玉子焼きを、金魚と化しているひまりの口に突っ込む。
ただの気まぐれ。餌を欲しがっている金魚みたいにパクパクしていたから、突っ込んでみた。そんな短絡的な思考でこの奇行を行った。
ひまりは目を丸くさせたまま、放り込まれたそれを咀嚼し始めるものだから、とうとう紅葉は呼吸困難を起こし始めた。
玉子焼きを突っ込んだ張本人も、まさかの展開に下を向いて肩を小刻みに揺らしている。
ごくり。飲み込んで、未だに混乱したままの思考を無理やり働かせながら「え、いつ。いつ解けたの」と瀕死の元ウサギに問いかけた。
ヒーヒーと肩で呼吸を整えながら座りなおした紅葉が、目尻の涙を拭って落ち着いて、ひまりの顔を見て先ほどの光景を思い出して、また一度吹き出してからフゥーと細長い息を吐き出す。
「んーっとね、二月の末頃だったかな。朝から体が浮いたような変なカンカクがあって、その後に急に。あぁ、居なくなったんだ、って」
紅葉は瞳を寂し気に細めた。
その存在を毛嫌いして、時に恨むことだってあったのに、実際失くしたら寂しいだなんて、ニンゲンは貪欲な生き物だよね。そう言って僅かに微笑んでいた。
「脚」黙って聞いていた潑春が、呟いて自身の脚を眺める。
「脚失くしたら、そんな気持ち、なんのかな」
「……それは自慢なのか、ボケてんのかどっち」
「ん?脚長いから、邪魔だなって……思う」
「自慢のほうかい。それなら切ってしまえそんな脚」
ジト目のひまりに、ヤダーと抑揚のない声音で返して寝転がる。組んだ手を枕替わりにして、小さな雲が散らばっている空を見上げていた。「まだ分かんないから、俺には」と瞑目して呟いた。
確かに繋がっていた。絆という枷で、同じ荷物を背負って今まで生きてきたのだ。
仲間意識があったかと聞かれれば、もちろん肯と答える。同じ苦しみを、味わってきたのだ。
秘密と苦しみを共有できる相手が居るというのは、確かに生きる糧になっていた。
置いていかれる側の気持ちが、想像出来ない訳ではない。
見上げた空には、まばらに散らばった小さな雲たち。大丈夫。ダイジョーブ。声が同時に重なった。