第11章 徒桜
「うぇ」色気の無い声と、ぐすんぐすんとすすり泣く声。
柔らかい黄金色の髪を持つ少年は、秋ごろから急激に成長した自身の肉体と共に、筋力も付いたことにあまり気が付いていないのだろう。力の加減というものを知らないらしい。
肺を圧迫され、肋骨が軋む。絞められている少女の魂が抜け始めた所で、潑春がやっと救いの手を差し伸べた。
「紅葉、ひまりが、死ぬ」
「え?あーーッッ、ごめんひまりッ。ダイジョーブ?」
「大丈夫。いや、危なかったけど、大丈夫」
機能し始めた肺に、止められていた分の空気を目一杯吸い込んで、ハァと大きく息を吐き出した。
目の前で両手を合わせて懺悔を続ける紅葉の手は、開けばひまりの顔を片手で覆い隠してしまえそうだった。
いやぁ、本当に大きくなったねぇ。親戚のおばさんが、久しぶりに会った身内の子どもに、必ず掛ける言葉と同じ感想を抱いていたひまりを、潑春は食事の手を止めてじっとりと眺めている。
胡坐を掻いた膝に肘を置き、お箸を持ったままの手で頬杖をついて、謝罪を続ける紅葉と、彼の成長をしんみりと感じているひまりを長らく眺めていた。
「……いや、気付けよ」
ボケた後のツッコミのような潑春の言いぐさに、「いや、何がよ」と解せないと言わんばかりに目を細める。
潑春の言葉を受けて、紅葉は合わせていた両手をひとつ拳に変えて、ポンと手のひらに乗せる。
あぁ、そっかぁー。何かを理解したかのような紅葉の口ぶりに、ひまりはとうとう首を傾け、不思議そうに目を丸くした。
その姿に、くすくすっと笑った紅葉は長い両手を横に大きく広げ、満面の笑みで「ひまり、おいでー」と抱擁を促すような態度を取る。
ひまりは数回瞬きをした。いやいやこんな所で変身したら、そこで言葉を止めて「あ」と間抜けた声と間抜けた顔を披露した。
「あれ、さっき私、ギューッてされた、よね」
「そうだね」
「え、紅葉が変身……」
「しなかったね」
「あははははっ。ひまり、変なカオーっ」
金髪が腹を抱えて転がる。白髪は食事を再開する。少女は開いた口が塞がらない。
本来、口が塞がらなくなるのは、鼠の呪いが解けたと打ち明けたのを聞いた金髪の白髪の方だった筈だ。ただのひまりの想像だけでの話だが。