第3章 とけていく
まだ昼だというのに空は厚い雲に覆われていて、薄暗くどんよりとした雰囲気だった。
今朝、あれだけ煩かったセミの声もどこからも聞こえず、静まり返っている。
「こりゃひと雨来そうだなー…先に買い物行った方が良さそうかも」
朝イチで干した洗濯物を急いで取り込み、先に衣類を素早く畳むとタオル系はそのままにして買い出しの準備を始めた。
「紫呉ー。雨降りそうだから先に買い物行ってくるね。」
部屋をノックすると、引き戸が開いて顔だけをだして私を見上げる。
「はいはーい。僕も後から出かける予定だから鍵忘れないように持ってってね」
手をヒラヒラさせて自室に戻る紫呉に軽く返事を返してから家を出た。
太陽こそ隠れてはいるが、風はなく湿気が肌にまとわりつくように蒸し暑かった。
曇りなら少しくらい涼しくしてくれてもいいんじゃないだろうか。別パターンの暑さで攻撃してくるとか卑怯すぎる。少しはこちらの身になってくれてもいいんじゃないか。
心の中で空に悪態を突くが、無意味な事だってことくらい重々承知してる。
それでも何か考えていれば幾分かマシな気がして心の中の独り言は止まらなかった。
そういえば由希と夾は傘を持って行ったのだろうか。
2人が帰る頃には雨が降り出しているんじゃ…
「あー…涼しい…」
木陰でミニ扇風機を顔に当てながら棒アイスを食べている、よく知る人物がしゃがんでいた。
その特徴的な髪色から、他の誰かと間違うはずが無い。
「……何してるの…春…」
「ひまりだ……今、避暑ってる」
「避暑るならせめて建物の中にしようか」
陽も出ていないこんな曇り空の中、木陰にいた所で暑さからは逃れられるはずもないのに…何処かに行く途中だったんだろうか?
「ひまりに会いに…朝イチで出たんだけど、全然先生の家に辿り着けなくて……結界って本当に張られてることあるんだぁ…」
ミステリー…と言いながら遠くを見る春に思わず吹き出してしまうと、「どうしたの?ひまり?」と首を傾げる。
そうだ。忘れてた。
春は超ド級の方向音痴だった。
「とりあえず、多分結界は張られてないから避暑るの終わりにしよっか」
丁度良かった。私に会いに来たってことならこのままスーパーについて来てもらうことにしよう。