第10章 声に出さないまま
「大丈夫?」
季節の移り変わりと共に、青さを増した並木道。紫呉の家に続かせる為だけに整備されたこの道を、葉の隙間から差し込む陽が斑点模様を描いていた。
目の前には石段。そこを登れば紫呉の家が顔を出す。
ここにたどり着くまで、由希もひまりも一言も言葉を出さなかった。
由希だけがしっかりと握っている手を繋いだまま、斜め後ろをついてきていたひまりを振り返る。
そして問うた。大丈夫、と。
何に対してかと問い返されれば、きっと答えることの出来ないこの質問に、ひまりはニコリと笑って「大丈夫だよ」と答える。
心がずっと、ざわついている。急に開いた大きな穴に慣れないだけにしては、恐怖の色が混ざるこの騒然さはなんだろう。
欲しかった返答をひまりがくれたことに、僅かな安堵感が生まれる。僅かでも、気休めにはなった。
由希が握っていた手の力を緩めると、ひまり側からは握り返していなかったそれは簡単にほどける。
「俺達、本当に、解けたんだよね」
「うん。ほんとに何の前触れもなく解けるんだね。何だか体にぽっかり、穴が開いたみたい」
寂し気に目を細め、華奢な指が服の裾に皺を作る。
また、僅かに安堵した。その寂し気な瞳に、同じ感情を抱いていたことに。
彼女が慊人を映した目が、自分が映すものとは違うように見えていた気がしたから。
手を離せば神様の元へと戻って行ってしまいそうな不安定さが垣間見えて、もしかしたら彼女はまだ、縛られたままなのかと不安だった。
大丈夫。ひまりはそう、言った。きっと大丈夫だ。皆が解けて、自由になって、きっとこの先もずっと。
言い聞かせるように頭の中で反復させ、また僅かな安堵を得る。
この調子だと、他の皆もすぐに解けそうだね。そう言葉を続けようとした時、「あ」とひまりが声をあげ、自分たちが歩いてきた道を振り返っていた。
風に揺れた陽の斑点模様が、見覚えのある靴に映し出される。確認しなくても分かるその靴の持ち主を、無機質な目で見据える。
「お前らどっか行ってたのか?……ってか」
道着を入れた鞄を肩から下げた夾が、不審げに目を眇めて由希を見つめていた。
頭の上から足先まで、じっとりと視線を下ろし、また顔に視線を戻す。
嫌悪感しか抱かない粘着質な視線に、由希はたまらず眉を顰める。