第10章 声に出さないまま
「ずっと、重荷だと思っていたのに……解放を、願っていたのに。いざ失くすと、寂しいと……悲しいと思ってしまう俺は、何だか狡いね……」
瞑目して、掠れた声で言った。
腕の中にひまりが居る。夢のようだが、現実だ。
空気が澄み渡ったように息がしやすくて、見える景色が鮮やかで、全身が軽くなったようなのに、もう既に"彼"が存在していた時の感覚がどんなものだったか分からなくなっていた。
まるで最初から居なかったように、それが当たり前だったかのように。
腕の中の温もりに少し力を抜いて、またキツく抱え込んで。触れられる存在を、反芻しているようだった。
だがひまりは、は、と息をのむ。
聞こえていない。由希には。脳に直接届いた声が。
由希は寂しさと自由への希望に。
ひまりは、少しの寂しさと、神様が感じる絶望感や孤独感が痛くて泣いたのだ。
今すぐ、今すぐにっ。
ひまりが半ば強引に由希の胸を押し返した時。
「ああああああああああああああああっ」
金切り声のような叫びが、真っ青な空に響き渡る。
裸足で砂利道を蹴って、ひまりと由希に縋り寄ろうとするのを、追いかけてきた紅野に後ろから羽交い絞めにされ止められる。
そして崩れ落ちた。小さく華奢な体を隠す着物から見える足も、腕も、春の陽気とは相反して、温度の無い色だった。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
その身を引き裂きそうな叫び声をあげ、見開かれた瞳からは涙が零れ続け、未だにひまりと由希に縋りつこうと何度も何度も宙を掻いている。
「行かないでっ、行かないでっ。どこにも行かないでっ。由希、ひまり……お願い、僕の側にいてよ、置いて行かないで、独りにしないで。独りにしないでぇぇええっ」
胸の奥を引っ搔いて、傷を付けて、その奥に潜り込もうとするような、そんな悲痛な叫び声だった。
―――大丈夫。
由希は、離れようとするひまりの体を引き戻して抱き締め、慊人が懇願する姿を、ただぼうっと見つめる。
随分と小さく、華奢に見える。あんなにも小さかっただろうか。今にも壊れそうなこの人の、何を恐れていたんだろう。
ゆったりと一度瞬きをした。
「いやだ、いやだ……っ、由希、そんな目で見ないで。行かないでっ、由希……ッ」