第10章 声に出さないまま
「最近、リンには会った?」
「あ、先週会ったよ。何か、変な感じで別れちゃってたし。謝罪も兼ねて会ってきた」
「……何か、言ってた?」
穏やかな陽が差し込む木々の合間を抜け、道がアスファルトに変わった所で、隣を歩くひまりを見下ろす。
―――春までに…夾が解けなきゃ…
あの時、ひまりが言った言葉。夾が好きだと公言しているようなものだった。
潑春が"失恋トリオ"だと呟いたことは記憶に新しい。
掘り返したくはない出来事だったが、他に返す言葉が思い浮かばなかった。
「慊人には今後一切会うな、って」
きっとひまりは、依鈴の言葉に首を縦に振ったのだろう。
再度浮かべた微苦笑は、依鈴を欺いてしまっていることへの後ろめたさを表しているようだった。
「俺もそれは同意見。だけど、そんな簡単な物じゃないよね」
うん、そうだね。前だけを見据えている瞳が僅かに細められる。
暖かさを乗せた風が、その横顔を撫で、左耳のピアスをちらりと見せて過ぎていく。
四つ葉をモチーフにしたそれはまた、はらりと落ちた髪に隠される。
「ひまりは、夾が好きなの?」
こんなことを聞きたかった訳じゃない。むしろ、聞きたくなんか無いのに。
自分の感情とは裏腹に零れた言葉に、何故か後悔をしていない事も疑問だった。
ひまりが歩みを止めたことに気が付き、後ろを振り返る。
立ち尽くす彼女は、以前にも見せた憂いを帯びた双眼を細め、僅かに微笑んでいた。
「まさか」
揶揄するように答えて、アスファルトを歩き始める。
そう。答えて由希も並んで歩き始める。
何故か落胆した。不思議な感情に、自分自身に問いかけて、答えを見つける。
諦めるキッカケが欲しかったのだ。
また、ただ前を見据えて歩みを進める彼女の横顔を見ていると「ふふっ、変な事言うね」とふわりと笑う。
陽が雲に隠れ、吹いた風は先ほどの物よりも冷たかった。
彼女の髪を弄ぶようにして撫でていったのに、左耳のピアスが顔を出すことは無かった。
何となく、体が気怠いような違和感。
本家に着いたら、本当にはとりに診てもらおうか。
キッカケを貰えなかった由希は、道の端にある白い線を眺めていた。
鼬か、猫か。車に轢かれたような亡骸を見つけ、隣を歩く彼女に見えないように、体で壁を作りながら通り過ぎた。